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CCSを加速化するFreshwater Carbon(淡水カーボン)によるCO2貯留量の評価
中山恵介 工学研究科 教授 Keisuke NAKAYAMA Professor
Freshwater Carbon(淡水カーボン)という新たな研究領域とその可能性
沿岸浅海域において植物プランクトンや海藻、水草といった水生生物の作用により大気中のCO2を吸収・貯留する(CCS:Carbon dioxide Capture and Storage)ブルーカーボンは、世界的に研究が進められ、その増強のための技術開発がさかんになっている。現在淡水カーボン研究を国際的にリードする中山教授も、その端となったのは北海道のフィールドでのアマモに注目したブルーカーボン研究だった。中山教授が淡水域でのCO2貯留に注目するようになったのは、ブルーカーボン研究を開始して2年ほど経過した頃だったというが、ほどなく直面したのが、1990年代のサイエンス誌に発表されたColeらによる研究で広く知られるようになった「流域から大量に炭素が流入する淡水湖沼は水中CO2分圧が高く、炭素の放出源であり吸収減にはならない」という考えだ。こうした考えが一般的とされていたため、淡水域におけるCO2の吸収・貯留については国際的に研究があまり進んでこなかったという。
しかし、湖沼を専門とする中山教授は、中栄養や富栄養の淡水域であれば、明らかに植物プランクトンもしくは水草が多く、CO2を吸収しているはずだと考え調査を開始した。実際、2011年には東北大学の占部教授らによって、北海道と東北を中心とする湖沼における夏季のCO2吸収実態が明らかにされている。そこで、中山教授は淡水湖沼を対象とした現地観測を本格的に開始し、約10年にわたる調査から、淡水湖沼が長期にわたってCO2の吸収域となることを発見した。"淡水カーボン(Freshwater Carbon)"という名称は、中山教授らがこの研究成果を論文として発表する過程でうまれたものであり、まさに名付け親でこの研究分野を国際的に牽引する研究者というわけだ。
阿寒湖のマリモ保全に向けた研究にも取り組む中山教授
Freshwater Carbonのロゴマーク
湖沼は海域と異なり閉鎖系であることから、CO2の吸収の実態を把握しやすい。また、ブルーカーボンの対象となる沿岸域の面積は約180万㎢と意外に小さいが、陸域に存在する湖沼の全面積は約500万㎢あるため、淡水カーボンのポテンシャルは高いと中山教授は話す。さらに、特に日本のように護岸整備が進んでいる国では、ブルーカーボンを推進しようとしても、海藻や海草を植栽できる場所は限られており、最適地を探すのは容易ではない。一方で、湖やため池、貯水池といった淡水カーボンの対象地は、植栽の面で可能性が十分にあり(ため池には、所有者の問題など別にクリアするべき問題もある)、こうした条件も、中山教授が淡水カーボンに可能性を見出す根拠だ。
湖沼から貯水池、ため池まで―淡水カーボン研究フィールドの国内外での展開
中山教授らによる淡水カーボンの現地観測は、台湾の2つの湖沼を対象としてスタートした。一か所は、Yuan-Yang Lakeという貧栄養の湖沼で、前述のサイエンス誌に掲載された論文で扱われたような事例だ。他方は、Tsui-Fen Lakeという比較的生態系の豊かな中栄養の湖沼で、栄養レベルがCO2の貯留に及ぼす影響を研究した。その結果、夏季には確実に相当量のCO2が吸収されていることがわかり、その後オーストラリアの街なかにある富栄養湖でも水草を対象として同様の計測調査を行った。こうした一連の研究から、中山教授らは、中栄養の湖では、植物プランクトンや水草による生物活動によってCO2が大気から吸収・貯留されていることを明らかにした。
オーストラリアの湖沼(Lake Monger)
台湾の湖沼(Yuan-Yang Lake)
同じ頃、神戸市がブルーカーボンの取組みを開始することになり、海洋だけでなく陸域をも対象にしたいという動きから中山教授に声がかかり、市が管理する烏原貯水池での淡水カーボンの取組みがスタートした。烏原貯水池は、日本で最も古い貯水池の一つであり、典型的な富栄養の閉鎖性水域だ。2021年から神戸市との共同研究が始まり、水草研究の権威である本学理学部の角野康郎名誉教授の助言も得て、水草の品種や植栽方法を検討し、ササバモの植栽に着手した。カメの食害やザリガニによる切断にも遭いながら、現在では1m程度の深さのところに水草が自然に生えるようになり、植えた水草が株ごとに広がって定着するようになったという。この活動には、学生団体Re.colab KOBEも参加し、学生と水道局をはじめ市関連部局の職員の協力による地道な作業がこうした成果につながっていることも特筆するべき点だ。
烏原貯水池
中山教授の淡水カーボン研究フィールドは、ため池にもその対象を拡げており、神戸市が管理する奥池を主要対象地として市との共同研究をすすめている。兵庫県は全国一ため池の数が多いことで知られており、現役で使用されているものも多いが、農地を手放して使われなくなったため池の管理は全国的に課題となっている。一方で、ため池はもともと人工的に掘ったものであり、生物多様性も乏しく水質も良好とはいえないため、水草が増えれば間違いなく状態は良くなると考えられる。そこで、全国の中山間地域におけるため池の維持管理を研究している九州大学の渡部哲史准教授らと共同研究を立ち上げ、水草の植栽と現地観測を進めている。衛星データにより全国のため池の分布状況やその規模、水草の有無を調査し、淡水カーボンの増強が可能なため池を把握しようというものだ。そして、ため池の管理者にも淡水カーボンという分かりやすい目的を伝え、気候変動の緩和に貢献するという意義を理解してもらうことで、協力体制を構築していきたいと中山教授は話す。
淡水カーボンの増強に向けたCO2貯留量評価技術の開発へ
ブルーカーボンにおいては、CO2貯留量の評価技術がすでに確立されており、またカーボンクレジット認証による取引も各自治体で始まっている。中山教授は、こうした取組みを淡水カーボンでも実現するべく、日本が属する気候帯(温帯~亜寒帯)に分布する湖沼・貯水池・ため池において、CO2貯留量の定量的な評価手法・技術開発に取り組もうとしている。植物プランクトンおよび水草を対象として、現地観測、数値モデル、さらに機械学習モデルを用いてCO2変動への主要因を解明しようというものだ。
淡水カーボン研究における現地観測では、大気と水中のCO2分圧を測定し、水中の方が低ければ大気からCO2をどんどん吸収することになるわけだが、計測機械がきわめて高価であり、非常に複雑な計算をしなければならない。そこで、中山教授は過去に公共水域で水中の溶存酸素や栄養塩の濃度などを測定したデータを組み合わせることで、その地点でのCO2分圧の数値を出せるようなシステムの構築を目指している。これが実現すれば、過去から現在までにどのように変化してきたのかも把握できるだけでなく、たとえばこの地点ではこのような処置をすればCO2分圧を下げることができる、といったように、地域の実情を踏まえた最適な管理手法を提案できるようになると考えている。
さらに、淡水カーボンにおいても、ブルーカーボンと同様のカーボンクレジットの仕組みを確立することで、水草の植栽や管理にボランティアとして協力してくれる人々の活動のモチベーション向上になることも目指したいと中山教授は話す。
ブルーカーボンと淡水カーボンの違いと特有の課題
淡水カーボンとブルーカーボンでは、研究手法は共通するところも多いが、事情が異なる点もある。一つ目は、淡水域では塩分がないため、植物プランクトンによる挙動でpHの変動が大きくなるという点だ。湖で多くの植物プランクトンが発生するとpHが大きく上がり10程度にまで達する。海の場合は、水中の酸素濃度が高くなると光合成しCO2を吸収するという比較的単純なしくみで説明可能であり、実際海では両者はかなり高い相関を示すが、湖ではCO2の吸収速度がより早く異なる挙動を示すという。中山教授が淡水カーボンの定量的評価のためにAIを活用しようとしているのはこうした理由による。
もう一点重要となるのは、水草が腐食した際などに発生するメタンの存在だ。塩分のある沿岸域では、メタンが生成されにくい。一方で、淡水の場合は塩分がないためメタンが生成されやすく、表層に直接出てくることになる。メタンの地球温暖化ガスとしての効果はCO2の約15倍であるため、植栽による水草の増加がメタン濃度の上昇にどの程度影響するかを、現地観測によって明らかにしたいと中山教授は考えている。
一方、淡水カーボンでは問題にならないが、ブルーカーボンでの気がかりもある、と中山教授は話す。ブルーカーボンでも水草の植栽が進められているが、とくに瀬戸内海のように貧栄養になりつつある沿岸域に急激に大量の水草を植えると、植物プランクトンに比べて水草のバイオマスの方が単位面積当たりでははるかに大きいため、水草がそこの栄養を全部摂ってしまい、植物プランクトンが育たなくなるという。そうすると、それらの捕食者である魚が育たなくなり、ブルーカーボンを進めたためにその海の生態系が崩れてしまうことになりかねないのだ。こうした点、つまり生物多様性に配慮した順応的な取り組みを進めず、やみくもにブルーカーボンを進めるのは危険だと中山教授は警鐘を鳴らす。
こうした課題に向き合いながらも、2050年カーボンニュートラル達成のためには、森林や農地土壌、ブルーカーボンを含めたCO2貯留量の増強は不可欠となっている。中山教授が切り拓いた淡水カーボン研究は、カーボンニュートラル推進を加速化するための大きなエンジンとなる可能性を秘めている。
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