PROJECTS
革新的機能膜と先端膜工学による持続可能な社会の実現へ
松山 秀人 先端膜工学研究センター 教授 Hideto MATSUYAMA Professor
世界の環境・エネルギー問題の解決に貢献する先端膜工学研究センター
松⼭教授がセンター⻑を務める先端膜⼯学研究センターは、2007年に⼯学研究科に設⽴された我が国初にして唯⼀の膜⼯学研究拠点「先端膜⼯学センター」を前⾝とし、2019年に⼯学のみならず、科学技術イノベーション・理・農・海事科学の各研究科と連携し、分野融合型の総合的な研究拠点「先端膜⼯学研究センター」に改組された全学組織だ。国際交流、教育・研究、産学連携を3本柱とし、とくにアジアやオーストラリア、欧⽶にある海外膜センター16機関との研究協⼒協定締結、国内企業約80社が参画する企業連携ネットワークの構築などを通じて、膜⼯学専⾨教育や研究はもちろん、最新の学術情報の集約や発信まで、国際的な膜⼯学研究のプラットフォームとなっている。
センターが⽬指すのは、⾰新的機能膜と先端膜⼯学による「⽔」・「⼤気」環境の保全と、膜分離技術による安全・安⼼・持続可能な社会の実現への貢献だ。

求められる膜技術の社会実装の加速化
先端膜⼯学研究センターの研究は、省エネプロセス、創エネプロセス、資源循環プロセスという3つの⾰新的プロセス群によって、⽔資源ビジネスの創出や新エネルギーの創出、資源循環型社会の実現、環境(⽔・⼤気)の保全、そしてCO2排出削減というインパクトをもたらすことが期待されている。
さまざまな機能、構造を有する分離膜の創製に取り組む松⼭教授らであるが、すべての膜に共通するのは、膜を通すという⾮常にシンプルなプロセスで済むという点で、省エネ・⼩型化・低コスト化が実現できることだ。膜のこの利点は、あらゆるプロジェクトの⼤前提となるため、どんなものに導⼊してもカーボンニュートラルに貢献することができると松⼭教授は話す。
膜を導⼊すればCO2排出削減や省エネルギーの効果が出ることは理論上明らかではあるが、問題は膜の性能が追い付いていないことだという。⾔い換えれば、膜の性能が追い付いてきたところ分野から実装が進んでいるということだ。松⼭教授は、その最も顕著な例として⽔処理を挙げる。かつて⽔処理には、膨⼤なエネルギーが必要になる蒸発法が⽤いられていたが、今⽇ではほとんどがRO膜法に置き換わっている。ROとは、逆浸透(Reverse Osmosis)の略で、海⽔と飲み⽔の間に膜を通し、海⽔側に浸透圧よりも⾼い圧⼒を逆にかけることで、淡⽔化をするというものだ。膜は、実⽤化できれば必ず省エネにつながることは誰もが理解してくれるので、いい膜ができたら必ず既存技術から置き換わっていく。重要なのは、いかにいい膜をつくるかである、というのが松⼭教授の信念だ。
カーボンニュートラルに貢献する3つの革新膜
- CO2分離膜
- FO膜による海⽔の淡⽔化
- 有機溶媒分離膜の開発による蒸留法からの転換
松⼭教授らが研究に取り組む⾰新膜のひとつが、CO2を分離する膜技術だ。CO2の分離⽅法としては、現在はガス吸収法が先⾏しており、実⽤に向けた取組みが進められているが、ガス吸収法では、CO2の吸収と放散という2つのプロセスが必要になる上に、⼤型の装置が必要になり、エネルギー消費も設備導⼊コストも⼤きいという問題がある。⼀⽅、膜であれば⾮常にシンプルである上に膜を通すという⼀つのプロセスで済むという点で、省エネと⼩型化が実現できるのだ。
CO2の選択性と透過速度はトレードオフの関係にあることはよく知られており、あらゆる膜が臨界線を超えることはできなかったが、松⼭教授らはこのラインを⼤きく上回る⾼機能の膜の開発に成功した。これは、CO2のみに反応するキャリアを含んだゲル状の膜を⽤いるもので、従来の分離⽅法に⽐べて⾶躍的にエネルギー消費量を削減し、装置の⼩型化にも寄与する技術だ。
前述のとおり、海⽔処理にはすでにRO膜が実⽤化されているが、松⼭教授らはさらなるステップアップを⽬指している。それは、ROのプロセスからFOプロセスに置き換えていこうという研究だ。FOとは、Forward Osmosisの略で、海⽔よりもっと塩分の濃い⽔を使うことで、⾃然に浸透させようというものだ。
たとえば1tの⽔をROプロセスで得るためには数kWhの電気エネルギーが必要になる。ちなみに蒸発法であれば数10kwhもの電気エネルギーが必要になる。しかし、これをFOで置き換えることができれば、約1kWhで可能になると算定されている。さらに太陽光の熱を利⽤できればゼロにできるというのが松⼭教授の考えだ。
FO膜であれば電気エネルギーはほとんど必要ない代わりに、⾼浸透圧溶液を膜透過の後段で異なる⼆相の溶液に分けるために熱が必要になる。希薄な相から飲み⽔をつくり、濃い相の⾼浸透圧溶液はまた膜透過に循環するというプロセスだ。つまり、FOのプロセスは熱さえあればよく、悪質なエネルギーである熱エネルギーで動かすことができるのがFOプロセスというわけだ。
さて、太陽光をどう利⽤するのか。太陽光発電パネルで発電した電気をROプロセスに⽤いている例はあるが、効率は悪い。⼀⽅、太陽光集熱の効率は発電よりも格段にすぐれている。つまり、太陽光から熱を取り出すという⽐較的容易な⽅法でFOプロセスを動かすことにより、⾼効率かつゼロエネルギーで淡⽔化が実現できるのだ。
現在、⽯油精製に代表される有機溶媒の分離法は蒸留法であるが、蒸留法は化学産業全体の 40〜50%のエネルギーを消費しているエネルギー多消費プロセスだ。化学プラントの⼤規模な施設はほとんど蒸留塔であり、産業のみならず⺠⽣や輸送などのあらゆる部⾨を総合して、⽇本におけるCO2排出量の約4%は蒸留由来であることが分かっている。松⼭教授らは、これを膜に置き換えようとしているのだ。有機溶媒の分離に適した膜が開発できれば、蒸発潜熱を必要とせずに有機溶媒を分離することができるため、試算ではエネルギー消費が蒸留法と⽐較して1桁〜2桁低下することが明らかになっている。CO2分離膜と同様、「いい膜ができれば必ず蒸留に置き換わる」と確信している松⼭教授は、「⼤型の化学プラントが不要になることが我々のゴールだ」と⼒をこめる。
神⼾⼤学先端膜⼯学研究センターが⽣み出す⾰新的膜技術は、未来の社会を確実に持続可能なものに導くために不可⽋なキーテクノロジーだ。そして、膜⼯学研究の世界的な拠点としてますます発展することが期待されている。



