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世界唯一の大型海藻類系統株コレクションとブルーカーボン技術への応用
上井 進也 内海域環境教育研究センター 教授 Shinya UWAI Professor
川井 浩史 内海域環境教育研究センター 特命教授 Hiroshi KAWAI Project Professor
「ブルーカーボン」への関心の高まり
沿岸には⼤形の光合成⽣物(広い意味での植物)として、海草と海藻が⽣育している。このうち海に進出した顕花植物である海草(seagrasses)は、陸上の植物と同様に根によって海底に植物体を固定し、根を通して窒素や燐などの栄養塩を吸収するため⼀定の⼟壌が存在する場所にのみ⽣育する。海草のうちアマモ類は⼲潟などの砂泥質の海底に⽣育し、密⽣するとその体の基部付近では海⽔中の懸濁物が堆積しやすい。このため死んだアマモ類のほか植物プランクトンや海藻が海底に堆積することで、その体に含まれていた有機炭素のうち分解されなかったものはその場で⻑期間にわたり貯留される。なかでも、地中海などに⽣育する海草の⼀種であるポシドニアは、成⻑につれて根が⼟の中にどんどん残っていくため、⾮常に⾼い炭素固定能をもっている。また、⽣育していた場所で堆積しなくとも、千切れた海草の葉や茎が沖合に流されて、光が届かない深いところに沈んでいくと、それらの有機炭素は再利⽤されずに貯留される。この様な海草などの海洋の光合成⽣物による炭素の固定をブルーカーボンと呼ぶことが2009年にだされた国連環境計画(UNEP)などによる報告書で提唱され、その固定量を評価して、それをクレジット化しようという動きがあるのだ。
⼀⽅、海藻類(seaweeds, marine macroalgae)は、⼀般に寿命が短いため分解されやすく、またアマモ類と異なり岩礁地に⽣育することから海底に堆積しにくいことから、ブルーカーボンという点では最初ほとんど注⽬されていなかったという。その流れが⼤きく変わったのは、2016年にNatureGeoscience誌で発表されたKrause-Jensen とDuarteによる論⽂で、アメリカ⻄海岸のジャイアントケルプという数⼗メートルになる⼤きいコンブ類が炭素の固定にどれだけ貢献しているかということを、各地の海底に堆積している海藻に由来すると考えられる有機炭素の量を⽐較することで推定したことだ。この論⽂でとり上げられたのはジャイアントケルプだが、海藻がカーボンシンクとして当初考えられていたより⾮常に⼤きな役割を果たしているということが定量的に⽰されたことで、海藻にも同様の期待が寄せられるようになっている。特に海岸線の多くが岩礁地であり、海草よりは海藻による藻場が多い⽇本では海藻によるブルーカーボンへの期待が⼤きい。川井特命教授や上井教授のもとには、ブルーカーボンに関する書籍の出版や⾃治体の勉強会、さらには洋上⾵⼒発電関連などさまざまな話が舞い込んでいるという。

海藻によるカーボンシンクのしくみ
根を通して⼟壌から⽔と栄養塩を吸収する陸上植物と異なり、海藻類は藻体表⾯から海⽔中に溶け込んだ栄養塩を吸収して成⻑するため、岩や⼩⽯、⾙殻といった本来の着⽣基質だけでなく、コンクリートやプラスチックといった⼈⼯的な基質にも着⽣して⽣育することができる。この特性は、海藻を養殖する際に広く使われており、海藻をブルーカーボンに利⽤する際にも有利な点のひとつだ。
⼤形の体を作る海藻のうちホンダワラ類やコンブ類の⼀部は気胞と呼ばれる浮袋を持っており、⼤きな浮⼒で海底から⽴ち上がって⽣えている。これによって10〜20メートル程度の海底からでも体の⼀部は海⾯近くに到達し、光合成に必要な光を効率よく獲得して⼤形の体を維持することができる。これらの種類の体が波で千切れたり、枯れたりするとその⼀部は沖合まで流されていく。そして流出した藻体が光のほとんど届かない100〜200メートルを超える深さまで沈んでいくと、そこでは光合成がおこらないため、ほとんど再利⽤されず有機炭素としてそのまま貯留されるというのが海藻によるカーボンシンクのしくみだ。
前述のKrause-Jensen とDuarteの論⽂では、岩礁地で⽣育しているジャイアントケルプの⽣物量の10%程度が深い海底で貯留されていると算定された。藻場を作る⼤形海藻のうち、コンブ類は冷帯域から温帯域にかけて、ホンダワラ類は温帯域から熱帯域にかけて多く分布しており、こうした場所がカーボンシンクとして海藻を使う候補地として考えられている。⽇本では、ホンダワラ類やコンブ類が岩礁地に藻場を作っており、またそれらの藻場から⽐較的近い沖合でも⽔深が200メートルを超える地域も多く、カーボンシンクを考えるならそうした場所がよい候補になる。
藻場の役割と藻場の発達する水質
海藻や海草が⼤量に⽣育している場所は藻場と呼ばれ、⽣態系の中で陸上の森林と同じような多様な⽣態系サービスをもたらしている。藻場は、⽣態系において重要な⼀次⽣産者であると同時に、⼩型の藻類や⿂介類、ベントス(底⽣⽣物)といった他の⽣物の産卵場所や着床場所でもあり、さらには、過剰な栄養塩を吸収することや懸濁物の堆積による⽔質の安定や、波浪の低減による海岸線の保持にも寄与する。近年環境省が衛星画像を⽤いて藻場の分布を調査しており、⼤阪湾や東京湾などの内海域・閉鎖性海域ではおおむね透明度が年間平均で5〜6メートル以上あれば、⼤型の海藻が⽣えている藻場があることが分かっている。
⽔の透明度に⼤きな影響を与えるのは、⽔中の植物プランクトンやそれらを餌とする動物プランクトンなどの量だが、植物プランクトンの量は窒素やリンなどの⽔中の栄養塩の濃度に⽐例して増える。⼀⽅、海藻や海草の場合は海底に着⽣しているため、仮に栄養塩が豊富にあってもプランクトンが多かったり⽔が濁っていたりすると透明度が低下して海底まで光が届かなくなるため⽣活できなくなる。また海藻の場合、プランクトンの死骸や泥などが海底に堆積すると、海藻の胞⼦が着⽣しにくくなり、また体が堆積物に覆われることによって成⻑できなくなるなどの影響があるため、透明度がある程度良好なところというのが藻場の発達する場所の条件になる。
海面養殖漁場における藻場育成
⽔⾯付近は、海底と異なり、安定的に充分な光が届くことから海藻の養殖に適している。ノリやワカメの海⾯養殖のための漁場として選定されているところでは、低透明度環境であっても筏などで浮かせることでかなりの広範囲で養殖をすることができる。実際、川井教授らが⼤阪湾の最奥部に位置しているため栄養塩濃度が⾮常に⾼く、透明度が⾮常に低い尼崎港内で、構内に浮かべた筏を使ってさまざまな種類の海藻を育成する実験をしたところ、冬場なら透明度が⼗分あり、かつ栄養塩も豊富にあるため筏から垂下した⼀本のロープに乾重量で約1 kgのワカメが⽣育し、100 m2あたりに換算すると100 kgの⽣産が可能であると推定した。これは20 kgの炭素に相当する。
このように海⾯で⼤形海藻の養殖を⾏い、それらを200 メートル以深の海底に沈めたとするとそのかなりの部分の炭素を貯留することができる。しかし、留意しなければならないのは、海藻や海草をブルーカーボンとして利⽤すると、炭素を貯留するだけでなくその体の成分であるチッ素やリンなどの栄養塩も同時に貯留することになる。⼀⽅、閉鎖性海域では近年河川などから流⼊する栄養塩の濃度が下がり、植物プランクトンによる⼀次⽣産の低下と漁獲⾼の減少が問題になっている。このため、この様な海域では両者のバランスをどのようにとるのかを慎重に検討する必要がある。
洋上風力発電施設を利用した浮体式藻場による海藻育成とCO2吸収
⼀⽅、ある程度外洋に設置する洋上⾵⼒発電施設に浮体式藻場を設置して海藻を育成する⽅法は、ブルーカーボンの⼿法として⾮常に効果的だと川井特命教授は話す。そもそも沿岸海域はすでにさまざまな⽤途で利⽤されていることに加え、海藻は⾷⽤が最も⾼く売れる。エネルギーや⼯業原料としての利⽤は⾷⽤の利⽤と⽐較するとより安価なので、⾷⽤の海藻が⽣産できるところでカーボンシンクやエネルギー⽣産といっても経済的に合わないのは明らかだ。
対して洋上⾵⼒発電施設の⽴地は、現在漁場として使われていない海⾯を利⽤することが前提となり、また外洋は内湾部より海⽔の流動がよいため、それほど栄養塩の濃度が⾼くなくても海藻は⽣育できる。またその場所の海底が充分深ければ、⼀部を⾷⽤や⼯業原料として利⽤し、残った部分を沈下させてカーボンシンクとして利⽤することが可能である。さらに、洋上⾵⼒発電の施設を利⽤すれば、通常の海藻の海上養殖施設と異なり、より⼤形の機器を設置したり、効率的な育成のために曝気したり、海藻の回収⼯程を⾃動化することもできるかもしれない。
世界唯一の大型海藻類系統株コレクションが期待される貢献
カーボンシンクを推進するにあたり、どのような海藻を⽣やせばいいのか。効率だけで考えれば、成⻑しやすい種や周年にわたり育成できる種、あるいは沈めたときに炭素の固定量が⼤きいものが望まれる。他⽅で⽣物多様性の保全という観点からは、⽣態系に悪影響を及ぼさないように、どの種をどこでどのように増やすかということはかなり慎重にやらなければならないと川井特命教授は強調する。
2003年、神⼾⼤学内海域環境教育研究センターの⼀部⾨として設置された神⼾⼤学海藻類系統株コレクション(KU-MACC)は、世界唯⼀の⼤型海藻類に特化した系統株コレクションで、⽂部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)の中核的拠点整備プログラムにも位置づけられている。このプログラムはライフサイエンス研究の基礎・基盤となる重要な⽣物種等であって、我が国独⾃の優れたバイオリソースとなる可能性を有する⽣物種等について収集・保存・提供を⾏う拠点を整備するというもので、藻類は約30のバイオリソースのひとつとなっている。藻類リソースは微細藻類を収集・保存・提供している国⽴環境研究所が代表機関となっており、分担機関として⼤型藻類を担当している神⼾⼤学では約300種、1,100株が提供可能となっている。
これまでの内海域環境教育研究センターにおける約30年にわたる海藻研究の知⾒を活かし、神⼾⼤学が有する世界のさまざまな産地の海藻コレクションの中から、今後新たにブルーカーボンに取り組もうとする場所に適した種を選定し、ストックし安定的に供給することに貢献することが期待されているのだ。
大学でカーボンニュートラル推進に取り組むことについて
⾃治体の環境審議会の委員も務める川井特命教授は、キャンパスで発⽣する⼤量の有機廃棄物をバイオマスや肥料にするなどとして、⼤学としてゼロエミッションに近づける努⼒も必要だと話す。そのためのゴミの分別収集のマナーなども、毎年学⽣が⼊れ替わるためにルールや意識を徹底することは難しいが、改善していく必要があるし、災害時の対応なども含め、留学⽣や外国⼈にもわかりやすく伝えるような⼿段も整備することが求められる。また、現在⼯学部の⼀部で設置している屋上の太陽光発電施設も、全学に広げてほしいという。
SDGsは、国連の中で開発途上国でも合意を取れるような形の設計になっており、先進国はもっと先のことができるはずなのにかなり後退している⾯があると川井特命教授は指摘する。神⼾⼤学の卒業⽣には、教育というより教養としてSDGsを⾝につけて社会で活躍してくれることを期待している。



