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He(ヘリウム)からH2(水素)へ ―極低温技術から始まったカーボンニュートラル社会構築への挑戦

武田 実  海事科学研究科 教授  Minoru TAKEDA  Professor

出発点はHeを対象にした極低温の超伝導科学研究

 近年、SDGsによるカーボンニュートラル社会構築への関⼼が⾼まる中、究極のクリーンエネルギーとして⽔素が注⽬されている。⻑年にわたり液体⽔素(沸点20 K)の研究を続けてきた武⽥教授の実績も⾼く評価され、主査を務める本学の⽔素技術勉強会には産官学の多数の機関からの参加を得ている。また⽔素エネルギーに関する種々の有識者委員会への委員就任等も増えている。従来から続けている物質・材料研究機構、ドレスデン⼯科⼤学(ドイツ)、CEAサクレ―研究所(フランス)との連携、⽔素の製造/貯蔵・輸送/利⽤に関する国際共同研究の推進も、急速に活発化している。
 武⽥教授のH2(⽔素)への取組は、実は極低温の超伝導科学研究が出発点であり、主たる対象はH2でなくHe(ヘリウム)であった。そもそも本学の超伝導科学研究室は 1969 年のヘリウム液化機の⾃作に遡る。現在の武⽥教授の研究も超伝導電磁推進船や海流MHD 発電等から始まった。超伝導電磁推進船とはフレミングの左⼿則により電磁⼒で海流を発⽣させて推進する船で、逆にフレミングの右⼿則を応⽤して海流の運動エネルギーを電気と⽔素エネルギーに変換するのが海流MHD発電である。
 このようなHe研究で培われた極低温・超伝導研究の応⽤として液体⽔素の有望性にいち早く着⽬した武⽥教授は、現在では我が国における液体⽔素研究の第1⼈者の⼀⼈と⽬されている。2004 年から液体⽔素⽤超伝導液⾯計の研究を開始したのを⽪切りに、液体⽔素に関する種々の研究を展開し、2015 年 6 ⽉には、国内⼤学では唯⼀となる液体⽔素専⽤の実験棟も完成させた。

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海洋再生可能エネルギーと水素エンジニアリングへの展開

 クリーンエネルギーとしての⽔素への期待は、実はかなり昔からあった。特にCO2による地球温暖化問題が危惧され始めた1980年代から活発化した。我国は、⽔素エネルギーを直接的に電気エネルギーに転換する家庭⽤燃料電池等では世界に先鞭をつけた。⽔素は燃焼しても⽔しか発⽣しない。しかし、⽔素の製造段階でのCO2発⽣を抑えると⾔う課題が残った。⼤元のエネルギー源のクリーン化から考えなければならない。
 この課題の解決を⽬指し、いくつもの⼤規模な研究プロジェクトが世界各国で何度か⽴ち上げられたが、実現に⾄らず終了した。エネルギー供給と⾔う社会システムの⼤変⾰が、いかに難問題であるかがわかる。⼤きな問題のひとつは⽔素の軽さにある。⽔素は分⼦量が2と最も軽い気体である。そこで武⽥教授は、専⾨の極低温技術を活かして液化する⽅法に着⽬し研究を進めてきた。液化により体積は1/800にすることが出来るからである。
 そのような中で2011年に東⽇本⼤震災が発⽣した。原発の拡⼤による脱CO2への貢献がほとんど期待できなくなり、再エネ利⽤拡⼤への期待が急速に⾼まった。しかし、陸域⾯積の狭い我が国では、再エネの拡⼤余地は⼩さい。また再エネは、時刻、季節、気象条件等で⼤きく変動したり、電⼒需要の⼤きい⾸都圏や関⻄圏と再エネが⽐較的豊富な北海道や九州とが距離的に離れていたりする等の問題もあった。
 そこで武⽥教授は、液体⽔素を活⽤して再エネの変動や、貯蔵・輸送上の問題を解決することを考えた。⾃⾝が研究してきた海流MHD発電に加え、洋上⾵⼒発電の研究を進めている⼤澤教授らと連携して「海洋再⽣可能エネルギーと⽔素エンジニアリングへの展開」と⾔う先端融合研究環の重点研究プロジェクトを2014年に⽴ち上げ、代表として主導した。この研究は、2019年には⼤澤教授を代表とする「海洋再⽣可能エネルギーによる発電・⽔素製造システムの研究開発」と⾔う先端融合研究環の開拓プロジェクトに引き継がれた。また第5次科学技術⽩書でオープンイノベーション(OI)の重要性が指摘されたことを受けて始まった⽂部科学省のOI推進事業の拠点校のひとつに本学が選定され、その重点分野のひとつが「海事・エネルギー」となったことから、その研究テーマとしても推進されることとなった。



産官学の連携によるカーボンニュートラル社会の構築へ

 本学とほぼ同時期に産業界においても、⽔素を⽤いた再エネの供給拡⼤の研究開発が再び始まった。⽔素の軽さを克服する⼿段として、⽔素吸蔵合⾦、ケミカルハイドライド等の種々の⽅法が検討され、液体⽔素もその⼀つの候補となっていた。2011年に東⽇本⼤震災を契機に次第に活発化し、国家プロジェクトとして、いくつかの⽅式が推進された。この中で、液体⽔素を利⽤する⽅式は、2019年には神⼾空港島に2500 m3と⾔う我国最⼤、世界でもトップクラスの液体⽔素タンクを擁するパイロット荷揚げ港が完成、1250 m3液体⽔素タンクを搭載したパイロット船も進⽔し、2022年には液体⽔素の豪州から⽇本までの国際輸送も実現した。世界初の快挙である。
 しかし、カーボンニュートラル社会構築は、むしろこれからが本番である。産業界では2030年までの商⽤実証を⽬指し160,000 m3の液化⽔素タンカーの開発等も既に始まっている。現在の標準的なLNG船と同規模で、実にパイロット船の128倍である。しかし、これでも僅か原発1基分(100万kW)でしかない。現在のLNG産業と同様のLH2(液体⽔素)産業を形成していく必要がある。極めて裾野の広い巨⼤産業である。例えばポンプやバルブ⼀つとっても、LNGに⽐べはるかに低温領域のため基礎研究に基づく種々のイノベーションが求められる。本学の⻑年にわたる液体⽔素に関する研究の実績と経験が貢献できる舞台が拡⼤して⾏く。本学への期待はますます⾼まっている。
 そもそも⽔素源となる再エネの確保も重要である。SDGsの進展によりエネルギー需要の低減は期待できるが、陸上の再エネだけでは到底⾜りない。海上の再エネ、海外の再エネから⽔素を作り、それを液化して海上輸送することが不可⽋になってくるはずである。もちろん⽔素の供給側だけでなく、利⽤側でのSDGsとの連携も忘れることはできない。このため、液体⽔素技術だけでなく、本学の得意とする洋上⾵⼒等の再エネ技術や海洋技術の研究者と連携し、カーボンニュートラル社会実現に向けて、これまで取り組んできた。そして今後は、2021年度末に⽴ち上げた「⽔素技術勉強会〜再エネの⾼度利活⽤を⽬指して〜」に参加した産官学の多数の会員等との連携を通じ、更に研究を推進しようとしている。



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超伝導科学研究室HP