PROJECTS
バイオガスユニットを用いた少量食品・畜産バイオマスによる再生可能エネルギー創生と地域資源循環
井原 一高 農学研究科 教授 Ikko IHARA Professor
サーキュラーエコノミーのキーテクノロジーとしての嫌気性消化
井原研究室が取り組むのは、畜産・⾷品バイオマスの資源化や環境負荷低減技術に関する研究、さらには、収穫後の農産物や⾷品の調製や加⼯における安全性向上および持続可能性向上のための技術やシステムに関する研究だ。なかでも、メタン発酵(嫌気性消化)について、再⽣可能エネルギーであるバイオガスと液肥として使⽤できる消化液の研究をすすめるとともに、神⼾市内の酪農場での⼩型メタン発酵装置に関する⻑期実証試験を継続し、装置開発にとどまらず地域資源循環の社会実装を⽬指している。
畜産においては、家畜や⾷品残渣などを微⽣物によって分解し、そこから出るバイオガスの中に約60%含まれるメタンが再⽣可能エネルギーのひとつとして活⽤できる。ちなみに都市ガスに含まれるメタン濃度は90%以上なので、バイオガスは都市ガスよりメタン濃度がやや低いということになる。メタン発酵で得られるのはバイオガスだけではない。発酵残渣として出る消化液(バイオ液肥)は栄養分を多く含み、有機肥料として活⽤できるのだ。地域に分散する⾷品や畜産バイオマスは、微⽣物に発酵させることでエネルギーを取り出し、その残渣を肥料として使うことで⾷料⽣産ができるという再⽣可能資源だ。嫌気性消化であるメタン発酵は、今後のキーテクノロジーとしてますます広がっていくことが期待されている。

「バイオガスユニット」―キーワードは「少量」と「小型」
バイオガスユニットとは、普通名詞のように聞こえるが、実証実験のパートナーである酪農場「⼸削牧場」(神⼾市北区)のオーナーと井原教授が名付けた固有名詞だ。バイオガス化(メタン発酵)はさまざまなところで⾏われているが、ここでキーワードとなるのは「少量」であるということ。⼤規模な畜産施設や下⽔処理場などに設置されているバイオガスプラントのほとんどは、発酵で出たバイオガスから発電し、固定買い取り制度で売電収⼊を得るというのが王道のビジネスモデルだ。こうした施設でつくられるのはたいていが巨⼤な発酵装置で、⼤量のバイオマスを⽤意し365⽇稼働しなければならない。巨額の資⾦が必要になるうえに、設置できる場所も限られてしまうのが通常だ。
実証試験を継続している⼸削牧場の発想は全く異なる。敷地⾯積約9haの牧場で飼養されているのは約50頭。バイオマスの量の少ない⼩規模牧場に⾒合った⼩型で経済的な装置にしようというのが当初からのコンセプトだ。実験機の容積は8㎥ほど、2015年10⽉に設置した初号機を含む2台が稼働している。
畜産施設向けのバイオガスプラントになると、規模にもよるが建設には1億円を超える資⾦が必要になる。半分補助⾦が得られたとしても、⽣産者の負担は⼤きく、ローンを組まなければならなくなる。井原教授らは、⽣産者・農家の⽅が出せる範囲の資⾦で建設でき、採算がとれるよう、1桁少ない価格の実現を⽬指しているという。また、プラントは建てて終わりではなくその後運転管理する⼈が必要になる。⼤規模なプラントであれば、専⾨家が管理するのが通常で、そのための⼈件費もかかる。⼀⽅、井原教授らが狙うのは、⽣産者・農家の⽅が⾃ら維持管理することができ、不具合が出たら⾃分で直せるような装置だ。「経済的」な装置というのはこうした意味も含まれているのだ。
酪農家のニーズから始まった実証試験
ハイテクを寄せ集めると当然⼤きなコストが必要になる。また、現場での耐久試験もしなければならない。井原教授らのアプローチは、ローテクを⽤い、要らない機能を引き算していくという技術開発だ。「我々の技術を牧場でどうぞ使ってください」ではなく、牧場が「こういうものが欲しい」というニーズがあったからできたのがこの装置だという。このプロジェクトは、⼸削オーナーが家畜ふん尿のメタン発酵を専⾨とする帯広畜産⼤の研究者にコンタクトをとったころ、共同研究者であった井原教授を紹介されたところから始まった。井原教授は、装置を⼩さくするというのは教科書的にはあり得ない話で、採算が取れず⼤⾚字になる、と最初は⼤きい装置を紹介していたという。しかしオーナーのポリシーは最初から⼀貫していた。約3年もの時間をかけて意思疎通をはかり、何が本当に必要なのかを突き詰めていったのだ。⼤事なのは、ニーズがどこにあるのかを適切に把握することだ。まだ越えなければならないハードルもあるが、熱エネルギーによる化⽯燃料節約と消化液の販売による収⼊に加えて、こうした取り組みが⾷品や組織にもたらす付加価値がつくので、それは⼤きいと思うと井原教授は話す。
実証試験を継続している⼸削牧場は、⻄⽇本で2番⽬にチーズ製造を始めた酪農場でもある。現在はさまざまなタイプのチーズを本格的に製造しており、開業から約30年になるレストランでも提供している。農業の六次産業化といった⾔葉が使われるようになるよりずっと以前からの取り組みだ。畜産業も、温室効果ガスを少なからず排出する産業であり、環境負荷削減が求められている。⼸削オーナーと井原教授は、資源循環により化⽯燃料の使⽤を減らし、CO2の排出削減につなげることを⽬指している。
⼸削牧場のバイオガスユニット
再生可能エネルギーの地産地消を実証
この牧場のバイオガス装置は発電⽬的ではない。バイオガスユニットでは、⽜の排泄物を絞った液体に、乳製品加⼯場の残渣やコーヒーなどのレストランでの残渣の⼀部を加えて発酵させ、出てきたバイオガスを熱交換して温⽔を⼤量に作っているのだ。牧場では、搾乳ロボットや⽜乳を取るラインの洗浄、さらには⾷品加⼯にもたくさんの温⽔が必要になる。その温⽔を作るエネルギーのアシストにバイオガスを使っているのだ。コージェネレーションシステム(熱電併給装置)に⽐べるとボイラーはかなり安価であり、ローテクではあるが直接化⽯燃料が減らせるという点でも優れている。また、バイオガスをそのままヒーターで燃やして野菜やハーブを育てる温室を温めるなど、牧場のニーズを踏まえ、直接的に熱エネルギーとして使うことで、発電よりもかえって効率がよい。⼤量のバイオマスを巨⼤な発酵槽でバイオガスを⼤量につくり、⼤きなコージェネレーションシステムで発電して電⼒会社に売るという王道とは全く異なる⽅法だが、⾼価なインフラを使わず、新しいかたちの再⽣可能エネルギーの地産地消、バイオマスの資源化ができるようになったことに、井原教授は意義を⾒出しているという。
発酵残渣として出る消化液(バイオ液肥)(左)は、バイオガスで温められた温室(右上)で野菜の栽培に活⽤され、野菜は牧場内のレストランで提供される(右下)
「耕蓄食連携」によるバイオ液肥の活用
この実証試験のもう⼀つの主役は、発酵残渣の消化液(バイオ液肥)だ。⼸削牧場のバイオ液肥は有機JAS認証も取っており、ビニールハウスで野菜やハーブを育てるのに使⽤し、レストランで提供している。通常、作物を育てる肥料に⽋かせない窒素は、ハーバー・ボッシュ法による化⽯燃料を⽤いた化学的な⽅法で製造されている。バイオ液肥を使⽤することで化⽯燃料の使⽤が削減できることに加え、昨今の肥料価格の⾼騰を考えてもメリットは⼤きい。このバイオ液肥は牧場内だけでなく商品として販売され、有機栽培に取り組むプロの⽣産者や、酒⽶「⼭⽥錦」の栽培に使われている。2021年にはこのバイオ液肥で⼭⽥錦を作った神⼾市内の4軒の酒造メーカーが⽇本酒の⼀般販売を開始した。地元メディアを通じて「耕蓄⾷連携」の事例として発信されたこの⽇本酒は、CO2削減や資源循環という付加価値を理解する消費者に選ばれているのだ。井原教授は、発酵残渣の消化液の普及はあえて学術主導ではやっていないと話す。こうした取り組みが⼤学の⼿を離れ、ビジネスとして⾃⾛し始めている。
このバイオガスユニットから⽣産されたバイオ液肥は、⽣産者・農家の⽅が扱いやすい消化液であることで、使いたいという⼈の輪が広がっている。⼸削オーナーや井原教授は最初からそれを狙っていたわけではない。もともとは、排泄物の固形物を⼊れると撹拌機やポンプといった機械類のメンテナンスに負担がかかることから、乳⽜ふん尿を絞った液体を使うことにしたのがきっかけだ。ここでも「経済的な」装置を求めた結果、⾃分たちで修理できる範囲にしようとしたのだ。固形物が少ない消化液は⾮常に扱いやすく、容器に⼊ったものをそのまま撒けばいい。エネルギー⽣成量でみれば、絞ることによるロスが⼤きくなってしまうが、最初からそれをあきらめることで、結果的に他にないものができたというわけだ。
神戸モデルの社会実装を目指して
バイオガスユニットはローテクであるが、実はこうした⼩型メタン発酵装置は⽇本ではまだまだ限定的であるという。地域への波及効果も⾒えやすく、牧場はある意味ショールームのような役割も果たしているので、⼤学にとっても常に研究成果を多くの⼈に⾒てもらっているということになる。神⼾は⾷品関連産業も⾮常に多いし意識が⾼い⽅も多い。そして⼤消費地に近いという⽴地もこのモデルを成り⽴たせている⼤きな要素だ。井原教授は、今度はMade in Kobeで装置を作りたいと話す。近場で作ればもっとコストを下げられるからだ。
Covid-19感染拡⼤前は牧場の⾒学ツアーも実施されており、海外を含め⾮常に多くの⾒学希望があったという。⺠間企業もさまざまな業態から問い合わせが多いというが、井原教授は発酵装置を作って売るというビジネスモデルにはやや懐疑的だ。それで採算を取ろうとすると装置の値段を上げなければならなくなる。ものをぐるぐると回すプラットフォームからお⾦を⽣む⽅が重要だと話す。
⼸削オーナーはよく「チーズと消化液は似ている」と話すという。チーズ製造を始めた当時、ほとんどの⽇本⼈はチーズの⾷べ⽅を知らなかった。だから作っても売れないと⾔われたのだ。それなら⾷べ⽅を知ってもらう場所があればいい、ということでレストランを作ったという。消化液も、新しい農業資材としての使い⽅を皆でシェアできるようにすれば、次に使う⼈が現れる、という考え⽅だ。セミナーを開催し⼀般の⽅だけでなく⽣産者向けにも消化液の使い⽅を紹介するというが、こんなに素晴らしいからぜひ使ってくださいとはオーナーは決して⾔わない。無料で配ったりすると誰も真剣に取り組まない。本当に興味を持った⼈と詳しく話し合いをしよう、というスタンスだ。温室効果ガス排出削減や資源循環の流れを、チーズづくりと同じようにつくってきているのだ。
チーズ製造開始時、⼸削オーナーは分からないことがあったときに相談できる⼈がいないことでとても困ったという。⼀⽅、バイオマスについては、井原教授というパートナーが存在する。聞ける⼈がいるというのはとても⼤きいのだ。研究機関が⼿を携えていることの意義は⼤きい。牧場での実証試験は、エネルギーを作るというテーマでも、熱エネルギーとして使うというテーマでも、井原研究室の卒業研究や修⼠研究の対象にもなり、現地でとったサンプルを⼤学で解析し常に次に⽣かすことができている。バイオガスユニットという「神⼾モデル」は、再⽣可能エネルギー創⽣と地域資源循環の新しいかたちだけでなく、地域の⾷⽂化や産学連携のあり⽅にも可能性を感じさせてやまない。



