PROJECTS

バイオ×デジタルの技術融合によるスマートセル創出と低炭素化技術への応用

蓮沼 誠久  先端バイオ工学研究センター 教授  Tomohisa HASUNUMA Professor

スマートセルプロジェクト

 PETボトルやゴム、液体燃料など従来⽯油由来でつくられてきた物質を、微⽣物が持つ物質⽣産能⼒を⽤いてつくろうというのが、蓮沼教授が⼀貫して取り組んでいる研究だ。微⽣物は昔から酒や味噌、醤油の醸造に使われてきたが、遺伝⼦組換え技術が進展し、遺伝⼦を操作できるようになったことで、もともと微⽣物がつくらないものがつくれるようになってきた。微⽣物の発酵は、糖や油といった基本的に天然にあるもの、いわゆるバイオマスを出発点にしており、⾮常にマイルドな温度で⾏われる。触媒も使わないし、熱も不要で圧⼒もかけないため、微⽣物で⽯油化学に依存していた物質をつくれるということになれば、環境への負荷は⼤幅に低減できることになるのだ。
 ⼀⽅で、微⽣物にとっては、燃料やプラスチックをつくることは本来望んでいることではなく、⼦孫を増やすために細胞分裂し、増殖していこうとしているため、必ずしも⽣産量や糖からの変換効率が⾼いとは限らない。蓮沼教授は、この効率を⾼めるための技術開発に取り組んでいるというわけだ。このように、⽣物細胞が持つ物質⽣産能⼒を⼈⼯的に最⼤限まで引き出し、最適化した細胞を「スマートセル」という。蓮沼教授は、5年半にわたるNEDOの「スマートセルプロジェクト」のリーダーも務め、スマートセルによるきわめて環境調和性の⾼いものづくりの仕組みの確⽴を⽬指している。

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微細藻類を用いたCO2の直接変換

 蓮沼教授がセンター⻑を務める神⼾⼤学先端バイオ⼯学研究センターでは様々な微⽣物を対象とした研究を⾏っている。例えば、酵⺟に代表される真核⽣物。⼤腸菌や乳酸菌に代表される原核⽣物である。⽣物によって得意とする⽣産物が変わるため、⽬的に応じて微⽣物を使い分けている。
 CO2直接変換でよく⽤いるのは藻類である。酵⺟や⼤腸菌では物質⽣産の出発物質が糖や油だが、藻類はCO2を直接利⽤できる。つまり、植物と同様に光合成によって細胞⾃⾝がCO2を固定し、固定したCO2を使っていろいろな物質をつくることができる。藻類の遺伝⼦を操作し、化学品やバイオ燃料や機能性素材をつくることができるようにしておくと、藻類⾃⾝が光エネルギーを使ってCO2を細胞の中に取り込み、その細胞からバイオベース化学品や機能性素材、バイオ燃料などを⽣み出すことができる、つまりCO2から直接ものづくりができるのだ。
 藻類によるCO2の直接変換には、陸⽣バイオマスを原料とする際の課題を克服できるという利点がある。その⼀つは、陸⽣バイオマスを育てる⽤地確保の問題だ。⽇本は⼈⼝減少時代に⼊っているが、世界的にはまだ⼈⼝が増加しており、⾷料の需要が増加し農地が不⾜する。藻類を⽤いれば、耕作地との競合や収穫時期の制約という問題が起こらないのだ。次に、⽔問題。淡⽔が不⾜する場合に、エネルギー作物と称するバイオものづくり⽤の植物を育てるための⽔の分配という問題が発⽣するが、藻類には海洋性のものがあるので、海⽔を有効利⽤することができる。さらに、陸⽣バイオマスを使う場合には微⽣物に利⽤させるために必要な発酵の前処理が必要になるが、藻類の場合は前処理が⼀切不要になるのだ。



次世代のバイオものづくり

 微⽣物を⼤量培養し、その後細胞を回収して細胞から必要なものを抽出する。そこからバイオ燃料や機能性⾷品、プラスチックやジェット燃料などをつくるバイオものづくりが究極的に⽬指すのは、炭酸ガスからの直接物質⽣産だ。これができるとカーボンネガティブに⼤きく貢献できることになり、蓮沼教授らは「次世代のバイオものづくりのプロセス」として精⼒的に研究を進めている。
 ただし、藻類にも難しい問題はある。エネルギー源として光を利⽤するため、光が当たらなくなると当然エネルギーを獲得できなくなる。蓮沼教授らの検証によると、屋外培養液の中に増殖させた藻類に光が届くのはせいぜい10cm程度の深さまでだという。つまり、密度を上げるのが難しいという課題が明らかになっており、この課題克服のためにJSTのプログラム等で研究に取り組んでいる。



藻類の工学による次世代バイオ生産技術開発への挑戦

Copyright © 2022 Engineering Biology Research Center, Kobe University



スマートセルインダストリーの飛躍的な進展

 微⽣物にはそれぞれ得意分野がある。その得意分野を決めるのは、細胞の中の代謝経路だ。この代謝経路が、バイオマスから酵⺟やカビなどの微⽣物を使ったものづくりをする際に重要になる。細胞の中の代謝化合物がどのように変化していったかをマップ状に⽰したものを「代謝マップ」や「代謝経路」と⾔う。どのように分岐しどこにいくのか、という経路の道の太さが⽣き物によって違うのだ。たとえば酵⺟の場合は、酒造りにも使われるように、エタノールを⼤量につくりたがる為、グルコースからエタノールまでの代謝経路が太くなる、というわけだ。遺伝⼦操作というのは、もともと細い代謝経路を太くしたり、分岐をある⼀定の⽅向に流したりといった操作のことで、これによって本来つくっていないバイオ燃料やプラスチックの原料、あるいは医薬品や農薬、機能性素材などをつくることができるのだ。さらに蓮沼教授らは、⽬的とする物質の収量を増やすための技術を研究開発している。
 こうしたバイオテクノロジーの世界的進展はめざましく、従来⽯油化学でつくっていた汎⽤化学品と⾔われるようなナイロンの中間体や、プラスチックやゴムの原料をかなり⼤規模につくるメーカーも出てきているという。こうした動きの中で、2030年の世界のバイオ市場の⼤きいシェアを、ものづくりが占めるようになると⾔われている。バイオテクノロジーというと、医薬品などのライフサイエンス系や、農業系をイメージされることが多いが、実はものづくりが⼀番⼤きくなると⾔われているのは、遺伝⼦操作の技術やデジタル技術の進展が⼤きい。この分野は今後かなり伸びてくるだろうと⾔われており、カーボンニュートラル(CN)やカーボンネガティブへの⼤きな貢献が期待されている。



バイオDXプラットフォームによるスマートセル構築の加速

 先端バイオ⼯学研究センターのバイオファウンドリー実験室(2020年12⽉設置)では、企業との共同研究により、AIとロボティクスを融合したクラウド型ラボの開発に取り組んでいる。これまでのバイオ実験は⼈間が⼿作業で⾏い、⾮常に複雑な操作を職⼈技で⾏い、扱いが難しい微⽣物を培養するという作業を⾏ってきた。現在は、ロボットを使ったバイオの実験ができるようになったことで、単位時間当たりの⼯数が⾶躍的に増加し、作業が正確で昼夜問わず⾏えるため、データの質と量が格段に向上した。その結果、⾼度なデータ解析技術が融合しやすく、遺伝⼦配列の解析時間は⼤幅に短縮されている。
 バイオファウンドリーで重要なのは、遺伝⼦の機能であり、それぞれの遺伝⼦配列の意味づけをしていくことが求められるが、今までのデータサイエンスはデータ量が⾜りずそこに⾄っていなかったという。ロボティクスとデータ解析を含めたデジタルのプラットフォームが構築されると、きわめて有効なツールになる。このプラットフォームと、蓮沼教授らが⽇々磨いている、ゲノム編集に代表されるような遺伝⼦操作の技術を組み合わせて、⽣物資源を使って環境にやさしいプロセスで製品をつくっていくと、地球規模での課題解決につながっていくことが期待される。また、技術の向上は、それ⾃体が経済性を持ってくるので、新しい市場をつくることができる。こうしたことから、バイオエコノミーが第五次産業⾰命を牽引すると⾔われているのだ。



神戸大学のスマートセル創出用バイオDXプラットフォーム

神⼾⼤学のスマートセル創出⽤バイオDXプラットフォーム


Copyright © 2022 Engineering Biology Research Center, Kobe University



世界を牽引する神戸大学バイオファウンドリー

 バイオファウンドリー実験室では、全ての遺伝⼦配列情報・実験データ・解析結果を集約し、《Design》《Build》《Test》《Learn》のDBTLサイクルの履歴に沿って紐づける「統合データ管理システム」を新たに開発した。計算科学で細胞をデザインし、デザインしきれない部分は実際に組み⽴ててみる。遺伝⼦操作した微⽣物の株を⼤量に発⽣させ、ロボットのシステムでデータを正確に採取していく。そのデータを、最初のデザインとのギャップを解析したり、デザインでは⾒えてこなかった新しいデータを抽出したりする。このプロセスで機械学習を⽤いると、それまで⼈間が気づかなかったような新しい微⽣物のふるまいを知ることができる。それによって、次にデザインするときにはもっといいデザインを⾏うことができるのだ。このDBTLサイクルを回すことによって、スマートセルの開発は⼀気に加速することが期待される。
 バイオとデジタルの融合は、10年以上前から⾔われていたにもかかわらずなかなか実現しなかったが、それを実現したのが、神⼾⼤学先端バイオ⼯学研究センターだ。⼈間が指⽰した操作だけをするロボットだけでなく、データを採取したら次の実験はロボット⾃⾝が考えてやる、という「⾃律型実験システム」で動く装置もあるという。こうした装置の研究開発を進めることで、世界的な競争⼒を向上し、これまでできなかった⽣物由来のものづくりプロセスを実現しようとしているのだ。こうしたバイオファウンドリーは⽇本では神⼾⼤学だけであり、世界でも5本の指に⼊るような⾼い技術を誇るという。Nature誌でも、「⽇本の拠点は神⼾⼤学」と紹介されているように、世界的なプレゼンスがますます⾼まっており、先端的な研究でCNに貢献していきたいと蓮沼教授は意気込む。



神戸大学におけるカーボンニュートラル推進のために

 現在神⼾⼤学では藤澤学⻑のもとで異分野共創研究に⼒を⼊れている。⽣物系の研究者同⼠はやっていることが理解しやすいので連携もしやすいが、ロボット系や情報システム系、あるいは電池・電気系の先⽣との融合がうまくいくといいと蓮沼教授は話す。触媒⼯学が専⾨の理学部の⽴川教授とも、令和4年度の「先端的異分野共創研究プロジェクト」で共同研究を開始している。
 また、CNはグローバルな問題なので、シミュレーションなどに⻑けた情報システム系の研究者も必要ではないか。個別の研究を組み合わせるボトムアップ的な⾒⽅もあれば、全体を俯瞰してグローバルな⾒地から何が必要なのかを⾒ていくことも⼤事だと蓮沼教授は話す。全学でのCN推進の取り組みが、そうした議論ができる機会の創出につながることが期待される。



LINK

バイオ⽣産⼯学研究室HP

先端バイオ⼯学研究センターHP