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建築・都市における省エネルギーの最適化 ―建築に求められるチューニングの役割
竹林 英樹 工学研究科 准教授 Hideki TAKEBAYASHI Associate Professor
建築や都市における省エネルギー効果の評価と実践
"みどり"と"エネルギー"の視点から建物や街をエコロジカルに計画する研究をテーマに、都市環境計画、建築設備計画に関する具体的な研究に取り組む⽵林准教授。都市スケールや街区スケールでの環境計画、そして建物や設備の運⽤実態に基づく省エネルギー計画など、さまざまなスケールで都市環境・地球環境に配慮した建築・都市のあり⽅を追究して研究と実践を進めている。
⽵林准教授の⼀連の研究成果は、「ヒートアイランド対策技術の導⼊⽅針に関する⼀連の研究」として2018年5⽉⽇本建築学会賞(論⽂)を受賞している。さらに、2017年度から2020年度には、こうした研究成果をもとに環境省CO2排出削減対策強化誘導型技術開発・実証事業として「⼈流・気流センサを⽤いた屋外への開放部を持つ空間の空調制御⼿法の開発・実証」に研究代表者として取り組んだ。⼈流・気流センサを⽤いて地下街の環境状態(⼈の⾏動や空気・温熱環境等)を把握・予測し、その結果に基づく気流のスマート制御(適温・適所・適流)によって冷暖房消費を最⼩化しようとするもので、この実証事業により実際に約40%という⼤幅なCO2排出削減を実現した。
⼈流データに基づく気流制御
⼈流計測に基づく外気導⼊量抑制運転の効果
チューニングとしての建築の役割―最適解を目指して
建築という分野は、新たな材料や機械を開発するのではなく、開発された技術を利⽤していく側であり、実際に現地でどのように技術を導⼊するか、またその建物やプロジェクトにとって最も望ましい技術は何か、そして費⽤対効果も含めて評価検証し、実装することが重要になる。省エネルギーでいえば、新たな設計や新たな運⽤上の⼯夫が、最終的に社会に適⽤されたときに実際にどの程度の効果があるかということだ。つまり、建築の役割はチューニング。現地でいかにマネジメントするか、そしてさまざまな可能性の中から最適解をどのように導き、どのように検証していくのかが極めて重要になる。
その際、建築分野の研究者には客観的な評価が求められる。建築単体のみならず、街区スケールや都市スケールでも、それぞれの条件に応じた最も望ましいものは何かを考えるプロセスの中で、それぞれの技術についてのケーススタディを蓄積しながら共通性を⾒出し、相互⽐較した上で最適化していく。建築の計画や設計は、まずその建物や地域で必要とされるものが何なのかということを洗い出し、それに対してふさわしいサービスを提供するというものだが、カーボンニュートラル(CN)のためには、ふさわしいサービスに伴うCO2の発⽣やエネルギー消費量など、環境に対するインパクトをできるだけ⼩さく抑えながら、適切なサービスを供給するための最適化の望ましいかたちを追究することが重要だと⽵林准教授は話す。
神⼾市でのヒートアイランド対策の実証実験のようす
アクティブ空調とパッシブ空調
空調にはアクティブとパッシブの⼆種類がある。空調しようとする当該の部屋に供給するべき冷たい熱や温かい熱の量は、その部屋の条件で決まるわけだが、同じ熱を供給するにも、なるべく少ないエネルギーで必要な熱を供給しようというのがアクティブ空調による省エネルギーだ。⼀⽅パッシブ空調による省エネルギーとは、電気や冷暖房を使わずに、窓の配置や屋根や壁の材料を⼯夫することで、必要となる冷暖房の量を少なくしようというものだ。パッシブ空調の研究では、例えば屋根の材料を変えたり屋上緑化を施したり、屋根の⾊を⽩くしたら消費エネルギーがどれくらい減るか、といったことを検証する。屋根材や塗料、緑化資材などのメーカー各社が、それぞれの製品の耐久性や⾊、また環境への影響などについて研究開発する⼀⽅、研究者はそれぞれを実際の建物に適⽤したときに、どの程度熱を遮ることができるかを評価するというわけだ。
⽵林准教授は、CNにはアクティブ空調もパッシブ空調も両⽅必要だと考えている。太陽が出ているときもあれば、出ていないときもあるし、暑い時も寒い時もある。1⽇の中でも年間でも波がある中で、ひとつの要素だけでは決まらない。例えば太陽が出ていないときは、アクティブでカバーしないといけないが、カバーするために⼤き過ぎる設備を⼊れると逆に無駄が⽣じてしまう。こうしたことを踏まえて、どのようなしくみでアクティブとパッシブを組み合わせて準備し、実際にどのようにマネジメントするかということも研究の重要なテーマだ。
現場マネジメントの重要性
建築における省エネルギーは、「使わないように仕向ける」「使わないように運営する・マネジメントする」というアプローチが必要になる。しかしこうした領域はこれまでには存在しなかった。設計者が携わるのはその建物や施設にふさわしい空調設備や電気設備を設計して導⼊するところまでで、そこから先はユーザーが勝⼿に使うというのが従来のやり⽅だ。しかし、重要なのは「この技術をこのように使いこなしたら、これだけ省エネになる」ということを理解し、設計者の意図通りに使いこなして効果を証明することだ。
そうなると、もっとも簡単な⽅法は、設計し導⼊してから、1年など⼀定の期間その現場に張り付いて、設計者の意図通りの使⽤⽅法による効果を⾃ら証明することだ。そのためには、何も⼯夫せず使った場合と、その後設計意図通りに使った場合のビフォー・アフターを⾒せる必要がある。こうしたことをやろうと思えば、通常の設計業務ではどう考えてもペイしないということになってしまうのだ。
⼤学研究室でも分析や提案はできるが、提案を受けて実際に運⽤するためには、⼿間や⼈件費をかけなければならない。AIスマート空調のように、⼈⼯知能や⾃動制御などの技術がカバーできる領域も広がってはいるが、本格運⽤するためには、設計意図を理解したスタッフを派遣して⾃らオペレートすることで実績を出すというステップが不可⽋になる。こうした課題を、社会システムとしてクリアしていくようなしくみが求められている。
産学官民のパートナーシップによるヒートアイランド対策の推進
⽵林准教授ら研究者は、⼤阪府、⼤阪市、⼤阪公⽴⼤学、企業などと連携し、2006年に「⼤阪ヒートアイランド対策技術コンソーシアム(⼤阪HITEC)」を設⽴。⼤阪をはじめとする都市部におけるヒートアイランド現象の緩和のため、産学官⺠のパートナーシップにより、ヒートアイランド対策の知⾒の収集と整理、技術開発、普及啓発に取り組んでいる。⼤阪HITECには屋上緑化や屋根への塗料塗布などの技術開発に取り組むメーカーなどが参画し、⼤学研究者はそれを客観的に評価し、技術によってはそれを認証するという役割を果たしている。⼤阪HITECは⼤阪・関⻄万博の共創チャレンジにも参画し、熱中症リスクの軽減のための会場整備に対する知⾒や情報の提供、また会場の天気予報や熱環境の予測を提供し、それにもとづいて各パビリオンのマネジメント⽅法を誘導するといった会場の運営に対する協賛を⾏う予定だ。こうしたコンソーシアムを介した情報発信や提案活動は、⼀企業ではできないことが少なくない。また、⼤学研究室は企業だけでは⼗分な時間や労⼒が割けないが、専⾨的⾒地から技術や情報を提供できるだけでなく、学⽣が世の中で注⽬されるようなプロジェクトに参画し、卒業研究や修⼠研究ができるというのはやりがいにつながると⽵林准教授は話す。⾏政側は、⾃ら予算を準備して事前のシミュレーションや評価をすることはできないが、⼤学がやってくれるのであればフィールドを提供しよう、といった具合に役割が分担されている。
大学キャンパスにおけるカーボンニュートラル推進に向けて
2022年度には、神⼾⼤学に設置されたキャンパスのCN化を⽬指す「カーボンニュートラル検討委員会」の学内実装検討部会委員も務めている⽵林准教授は、⼤学におけるエネルギーの使⽤実態を踏まえれば、最先端の技術を導⼊するというような発想ではなく、すでにある汎⽤的な技術で効果の⾼いものを導⼊するのが適切だと強調する。また、その導⼊⽅法を適切に検証するためには、電⼒消費のデータ取得から設備の運⽤に⾄るまで、もっと地道な取り組みが必要であり、現在の設備担当者の⽇常業務の延⻑では困難だという。たとえば⾏政などでは、エネルギーのマネジメント⾃体を外注し、10年間や15年間といった期間で省エネできた分の⼀定の割合を、診断・提案し新規に投資した企業に還元するという事業が採⽤されている。⼤学でもこうした取り組みの可能性を検討する価値があるのではないかと⽵林准教授は提⾔する。政策やイノベーション分野の先⽣⽅の観点からコーディネートしていただくことで、⼤学としての総合的な戦略が⾒えてくるのではないかとも話す。
これまでも⼤学施設におけるエネルギー消費に関するケーススタディに取り組んできた⽵林研究室だが、現在もキャンパス全体における電⼒消費データを分析し、時刻変化の特徴に注⽬しながらその特性を明らかにするための研究に取り組んでいる。こうした取り組みが、実質的な⼤学キャンパスの省エネ計画の策定と、新たなマネジメント体制の構築につながることが期待されている。
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「大学発アーバンイノベーション神戸研究進捗報告会(2024/1/24開催)」に工学研究科竹林英樹准教授が登壇されます(2024/1/5)