PROJECTS
脱炭素と快適性の両立を実現する高度スマート空調技術
長廣 剛 カーボンニュートラル推進本部(研究・社会共創部門) 特命教授
Tsuyoshi NAGAHIRO Project Professor
「人流×気流」 AIスマート化による空調制御とは
IoTやAI等のデジタルテクノロジーを活⽤し、⼈流や温熱環境の計測と予測に基づいて、最適な空調制御技術の研究開発に取り組む⻑廣特命教授。地下街や地下鉄駅、空港やスーパーマーケット、百貨店など、多くのサイトで実証研究に取り組んでいる。
⻑廣特命教授が最初にAIスマート空調の実証導⼊に取り組んだのが、神⼾地下街「さんちか」だ。三宮エリアの都市再開発にあたり、神⼾市から依頼があったことが発端となり、⼈の出⼊りが多く、なおかつ屋外につながる開⼝部を持つ「さんちか」が抱えていた課題を解決するべく、2017年環境省のCO2排出削減対策強化誘導型技術開発・実証事業にチャレンジ。3ヵ年の実証実験で約40%の空調消費エネルギーの削減に成功した。
AIスマート空調のカギとなるのは「⼈」だ。従来の空調は、部屋全体に対して、温度を何度にするか、という考え⽅であったが、AIスマート空調では、⼈がどこに何⼈いるのかということを⾒つけることからスタートする。AIが学習するのは、⼈がいる空間の広さや⾼さ、場所、時間といった⼈の時空間分布。それにもとづけば、空調は従来に⽐べると⼤幅に減らすことができる。それを制御するのが、⻑廣特命教授が発明した技術なのだ。
さんちかの取り組みはネットニュースのトップ記事で紹介され、その後取材や視察がひっきりなしに押し寄せたという。現在⻑廣特命教授らはさらに⼀歩進んで、最⼩化された空調エリアの温度をAIに学習させ、滞在時間や歩く等の⾏動、服装によって、温度設定をさらに緩和できないかと新たな研究を進めている。また、さんちかでの実証実験を⽪切りに実証サイトは増加の⼀途をたどり、5年⽬に⼊った現在、59サイトでプロジェクトが動いているという。

空港でのグラデーション空調
関⻄国際空港では、物理現象として⾃然に発⽣する上下や外壁⾯付近の温度差を利⽤した「グラデーション空調」に2021年から取り組んでいる。部屋の奥や窓際など「ペリメーター」と呼ばれるゾーンは外気の影響を受けやすく、放っておくと温度が変わる。⻑廣特命教授らは、その変化をあえて⾒える化し、利⽤者が⾃ら温かいところ、涼しいところを選んでもらおうというもの。つまり、⼈の⾏動変容を起こさせようというのだ。空港には沖縄からの便も北海道からの便も到着するから、乗客の服装は絶対に違う。どこも同じ温度にしてしまうと両⽅快適ではない。それなら、それぞれの服装に合わせて⾃分たちで快適な温度を選べるようにしようという発想だ。
従来、ペリメーターの空調は最もエネルギーが必要だったが、グラデーション空調ではあえてそれをやらないため、消費エネルギーは⼤幅に削減される。そうすれば、余ったエネルギーを冷気の回収や湿度の除去など、他の省エネルギーに転⽤することができる。
空調空気の再利用による低炭素化
⻑廣特命教授らの実証研究は⼤⼿スーパー店舗でも始まっている。冷たい空気は下にたまり、上に暖気がたまるという物理現象を使って⼤幅にエネルギー消費を削減しようという取り組みだ。これまで、冷蔵陳列台から漏れる冷気は、同じ熱なのに空調としてとらえられていなかったが、この空気を使い、天井の暖気を利⽤すれば空調設備がいらないということが分かったという。
⻑廣特命教授らが実証した店舗では、従来冷蔵陳列台から漏れ出していた空気が8℃、上部からの空調で約15℃の空気を吹き出していた。つまり。冷房という名前で⼀⽣懸命冷蔵陳列台を温めていたことになる。それなら冷蔵陳列台の空気を回収して再利⽤した⽅が、よほど効率がいい。下にたまった冷気を再利⽤することで、従来の空調使⽤時から消費エネルギーは約76%下がったという。今後、このスーパーの全店舗でAIスマート空調が導⼊される予定だという。
脱炭素と快適性の両立―百貨店での取り組み
2022年からは百貨店の空調をエリア・フロア間で融通しエネルギー消費を⼤幅に削減するプロジェクトに取り組んでいる。⾼級テナントなどでは、滞在する⼈数が⽐較的少ないにもかかわらず、強⼒な空調が効いていることが多い。上部の空気を排気し、下にたまった冷たい空気を回収して、他のフロアで使おうという取り組みだ。
スマート空調というと「がまんする」というイメージを持たれがちだが、百貨店に導⼊することでその誤解が解けるはずだと⻑廣特命教授は話す。駅や空港などと違い、百貨店は⾼い快適性が求められる。いままでの空調は例えば、冷房24度、暖房22度が快適とされてきたが、実際は、季節や外気温、着⾐量、⾏動によって快適と感じる温度は異なる。つまり、利⽤者の体感温度に追従する⽅が快適性は向上する。この追従を温度緩和側にシフトすれば、省エネ・低炭素化につながりながら快適性も向上するというものだ。熱というのは使い⽅次第であり、うまく使えば低炭素化でも快適性を保つことはできることを実証したいという。
ウィルスフリーと低炭素化を両立する高機能空調システムの開発
COVID-19の蔓延を受けて、空調空気の再利⽤にあたり、ウィルスの問題が指摘されるようになった。⻑廣特命教授らは⼯学系、医学系研究者との共同研究により、紫外光をうまく照射することでウィルスを除去でき、さらに外の空気を⼊れるよりも明らかにウィルスフリー効果が⾼いことを実証した。神⼾⼤学発のこの技術は、換気を多くとることによる空調エネルギーロスの低減にも寄与するものだ。
スマート空調技術の開発・社会実装に大学が果たす役割
AIによって空調制御をスマート化するということは、社会にロボティクスを導⼊するということだ。⻑廣特命教授は、従来のようにオンサイトで多くの⼈が要らなくなるので、そうした⼈材をリカレントやリスキリングによって再び社会に戻すための社会⼈講座を2023年4⽉に設置した。
最も⼤きいのは、科学技術で保守的な社会構造を変えたことだと⻑廣特命教授は強調する。技術的に尖ったものはいくつもあるが、社会は保守的な部分が少なくないのでスムーズには受け⼊れられない。⻑廣特命教授らは、通常の⺠間との共同研究とは違い、神⼾⼤学が⾃ら前に出て⾃ら決定し、プロジェクトを引っ張っていくというやり⽅を取り、共同研究する企業とも、「⼀緒に考える」という作業を重ねているという。
こうした研究開発を⼤学が取り組むことの意義は、⺠間企業と違って出来上がって終わりではなく、やればやるほど研究が深まり毎年進化していくことだと⻑廣特命教授は話す。空港でのグラデーション空調も、もう⼀歩踏み込んで、⾊温度でも体感温度が変わることを⽣かし、それによって空調緩和ができないかと新たに実証実験をする予定だという。また、百貨店でも、隣の空調機と相互連携して動作を制御できる空調機の⾃律連携システムを開発し、2023年秋から実証に⼊る。さらに、2020年から横浜⾼速鉄道⾺⾞道駅で取り組んだ地下鉄駅の「⽔だけ空調」でも、列⾞⾵や、ブレーキとともに発⽣している熱で捨てられる回⽣電⼒をうまく使えるようにする技術研究をさらに進めたいと意気込む。
3つのフェーズを見据えて まずはエネルギー消費の徹底的な削減を
⻑廣特命教授は、脱炭素社会の構築に向けて、3つのフェーズを捉えている。まずは、現在取り組む第1フェーズの「⾼度スマート空調」。まずは消費エネルギーを徹底的に少なくして、それ以上下げられなくなったら、次の段階に移る。技術をやみくもに組み合わせればいいのではなく、少なくしたときのエネルギー特性を踏まえて次の段階を考えるべきだと⻑廣特命教授は話す。我々の⼀番の強みは、デマンドを知っているということであり、特性を知らずに供給側の論理で考えたがちだが、デマンドを知ると考え⽅が変わってくるという。
第2フェーズは「ブルーリソース」。海の資源をどのように建物空調に使えるか、島国だからこそできるシステムを開発したいという。そして、最終的には第3フェーズの「ブルーカーボン」に取り組みたいと話す。
資金・人材・技術のエコシステムの構築をめざして
⻑廣特命教授の研究室は、阪急や伊勢丹といった⺠間企業と協調し、⼤学と⺠間企業の橋渡しとなるプラットフォームとして、⼈材・知財・資⾦のハブとして機能し、社会課題の解決と新たな価値創造を⽬指している。今後、全学的な研究開発センター化し、カーボンニュートラル推進本部とともに、教育や他研究科との連携はもちろん、最先端AIの運⽤を担っていくことを予定している。
⼤学が各サイトの建物の情報を集約し、各教育プログラムの中で最適化し、その理論を実フィールドに落とし込んでその結果をまた検証していく。そうした⼤学のチャレンジを繰り返すことで、リカレントの教育⾃体が社会を低炭素化する最適化技術を研究する機会となり、その技術が社会に出て、実験結果となって戻ってくるという今までの⼤学にはなかったしくみをイメージしているという。リスキリングでは現地で技術を運⽤したり展開したりできる⼈材を、リカレントでは、スマートシティの発想ができるイノベーション⼈材を育成していきたいと⻑廣特命教授は話す。⽬指すのは、資⾦―⼈材―技術が⾃⽴循環するエコシステムの確⽴だ。
また、この取り組みにH2Oグループが賛同し、H2Oグループが運営する阪急や阪神百貨店、阪急オアシスや関⻄スーパーといった施設に、神⼾⼤学の先端技術を導⼊するベンチャー企業を共同で設⽴した。これにより、先端技術と社会実装が直結し、社会実装を教育フィールドとした⼈材育成も可能となった。研究開発としても、実社会課題を題材にして深度を深めることができる。この機会が永続的に重なることで、⼤学技術の社会実装という⼤学課題を解決するとともに、社会を省エネ・低炭素化する仕組みが構築される。⻑廣特命教授らの取組みに寄せられる期待はますます⾼まっている。
LINK
株式会社エイチ・ツー・オーKUカーボンニュートラルデザインHP
[NEWS]エイチ・ツー・オーリテイリングとの連携協定締結によるカーボンニュートラルに貢献する新会社設⽴
[PRESS RELEASE]エイチ・ツー・オーリテイリングとの連携協定締結によるカーボンニュートラルに貢献する新会社設立



