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領域海洋循環モデル(ROMS)を用いた海の「流れ」の解析 ―海に関わる社会課題を科学的に解決する最先端技術の開発・研究

内山雄介教授 工学研究科 Yusuke Uchiyama Professor

Regional Scale Modelによる海の「流れ」の解析

 内山教授の研究のベースにあるのは、海洋物理学における海の「流れ」だ。もともとは土木工学の一分野である海岸工学から研究生活をスタートした内山教授だが、キャリアの途中で海洋科学という理学分野での研究に携わって以来、工学・理学の両分野をまたぎながら、沿岸環境から深海環境へと、研究のスケールを大きく拡げてきた。内山教授の研究業績として特筆するべきものの一つに、領域海洋循環モデル(ROMS:Regional Oceanic Modeling System)に基づいた海岸・沿岸・海洋に対して統一的に適用可能な新しい数値流体力学循環モデルの開発がある。ROMSとは、アメリカ海軍が中心になって2000年代前半頃からつくったモデルだ。このモデルを開発するにあたり、世界中の海洋学者40人ほどが集められ、内山教授は日本人唯一のメンバーとしてこのプロジェクトに2005年から参画した。
 全球的な海洋関連情報は、日本では気象庁や海洋研究開発機構(JAMSTEC)などによって、これまでの計算結果やシミュレーションをベースにした過去のデータセットを駆使し、提供されている。これらがメソスケール(百~数百km)の情報だ。内山教授の研究は、より小さな領域を抽出し、メソスケールで得られたデータを領域境界に流し込み、内部の小さな領域(数~数十km)内を別のモデルで解こうという手法だ。この別モデルをRegional Scale Modelといい、内山教授はこのモデルを用いてコンピューターの中に仮想的な海の環境を再現し、海の流れを3次元的に解く技術を強みとしている。
 内山教授は、このRegional Scale Modelを用いて、カーボンニュートラルに関連するテーマでも研究を展開している。そのいくつかをご紹介しよう。




「サステイナブル低炭素化システム創生研究」

 2016年4月、文系・理系という枠にとらわれない先端研究・文理融合研究を推進し、新たな学術領域を開拓・展開するために神戸大学学術研究推進機構の下に設置された先端融合研究環。内山教授は、その自然科学・生命医学系融合研究領域に発足した9つの「開拓プロジェクト」のうちのひとつ、「サステイナブル低炭素化システム創生研究」(2019-2021)の代表を務めた。内山教授がセンター長を務める、工学研究科を中心とした横断的な研究グループ「複雑熱流体工学研究センター」を中核として、土木のみならず建築や機械、化学など多分野の流体系の研究者がプロジェクトに参画した。
 この研究プロジェクトは、気候変動対応としての低炭素化の必要性という問題意識を基本に据え、国内外の流体・新素材研究者らの叡智を結集し、環境・エネルギー技術開発の強化に向けてゲームチェンジングテクノロジーによる低炭素社会実現を目指すための分野横断的な研究を展開するというものだ。さらに、社会実装に向けた評価や将来的な分野拡大を念頭に、文系研究科研究者も参画したことが特徴だ。
 プロジェクトには、ホワイトバイオテクノロジー、自律分散型次世代スマートコミュニティ、生物資源の確保と制御によるバイオマスの増産、新材料開発と熱利用技術革新、炭素循環システムの高効率化、太陽電池および太陽エネルギー利用システムという6つのサブテーマが設けられた。各プロジェクトチームが、創エネルギーや蓄エネルギー、バイオマス由来の化学製品開発やCO2長期固定化といった革新的な技術開発を進めるとともに、その成果を社会還元する視点から、低炭素社会の形成やパラダイム革新への道筋を描こうというもので、3年間にわたるプロジェクトが内山教授のリーダーシップのもとで進められた。



海洋物質循環・生態系モデルとROMSの統合による洋上風力発電施設の魚礁効果評価システムの開発

 再生可能エネルギーとしての高いポテンシャルが期待されている洋上風力発電だが、日本では導入が遅れてきた。先進地とされるヨーロッパと比較すると、偏西風の影響が弱く風況が不安定であり、特に日本海側は冬に海が荒れること、さらに海底地形が急であることから建設コストが非常に高くなるといった課題がある。こうした自然条件に加えて、日本を含む東アジアでは、漁業権という慣行的な権利があるため、漁業権を補償している漁港の内部以外では、海に施設を建設する際には漁業協調が必要になる。
 内山教授の研究アプローチは、海洋流動をコンピューターの中で解く数値モデルという最も強みとするツールを、海の中の物質循環、生態系のモデルと組み合わせることによって、洋上風力発電施設が持つ「魚礁効果」を評価しようというものだ。魚礁効果というのは、海の中に何らかの構造物を設置すると、そこにフジツボのような生物や海藻が付着し、プランクトンが集まって魚が卵を産み付けにきたりすることによる魚の彙集効果のことだ。この一連のサイクルをコンピューターモデルで再現し、魚礁効果に関する科学的なデータを提示することで、洋上風力発電施設建設をめぐる漁業協調に貢献できるのではないかと内山教授は考えている。
 水の中に構造物をつくると、その周りに渦のようなものができて、水が攪拌される。これをisland wake効果と呼ぶが、海の中は海水が常に動いているので、動いている海水が構造物にぶつかると、そこで流れが乱れる。植物プランクトンの餌になる栄養塩である窒素(N)とリン(P)は、海水中に大量に存在するが、表層にはなく水深数十メートル以下のところに存在する。そのNとPが、何らかの影響で表層に湧き上がってくると、植物プランクトンが一気に増える。
 ここでいう生態系モデルは、Nベースの物質循環モデル、つまり、植物プランクトンの増減をNの輸送量と収支という観点で評価しようというモデルだ。生態系モデルをコンピューターの中で再現するためには、炭素フラックスを見なければならないが、海の中では炭素(C)とNの割合はおよそ一定(C:N≒16:1。これをレッドフィールド比という)であるため、一次近似としては、Nの量が分かればC量が分かるのだ。大気から海中に化学的な作用によって取り込まれたCは、植物プランクトンの骨格になり、枯死して沈んでいくわけだが、植物プランクトンの中には枯死するものだけではなく動物プランクトンに食べられたり、分解されて溶けていったりするものもあり、全てが沈んでいくわけではない。そうした食物連鎖を含めた一連の動きをコンピューターの中で表現し、植物プランクトンの量や、沈降してCを固定するものの量を解析する。こうしたモデルを「生態系モデル」と呼んでいる。
 海洋表層の植物プランクトンの濃度は、それらが含むクロロフィル-a(いわゆる葉緑素)を人工衛星のデータから推定して境界条件として与え,沿岸域を対象としたRegional Scaleの生態系モデルを解く(図1 左上①の領域)。こうした大きなスケールの海洋の流れと、生態系モデルを組み合わせて植物プランクトンの濃度分布を解こうというのがこのプロジェクトの狙いだが、海洋の流れを捉えるような大スケールのモデルでは、洋上風力発電施設の周りのような小さなスケールでの詳細な濃度分布を把握できない。そこで、共同研究先である茨城大学が研究開発している、より小さいスケールの流体モデルを組み込むことで、全体的な植物プランクトンの場を表現しながら、境界を通じて入ってきた植物プランクトンの挙動が、洋上風力発電施設の周りでどのように変化するかを解析するためのシステム構築に取り組んでいる。
 研究プロジェクトは進捗中だが、ある瞬間の表層のクロロフィル濃度を解析すると、設置した構造物の半径の数倍くらい大きな領域に、植物プランクトンにとって好適な環境がつくられるということが概ね明らかになってきているという。プロジェクトではさらに、表面水温や流れの速さ、クロロフィル濃度に関する人工衛星のデータや船の観測データ、風や波浪に関する解析値などを使用して、このモデルの再現性の検証を進めている。

 

 





図1 洋上風力発電施設による魚礁効果予測・評価システムの概要.①広域3次元水理モデル(ROMS-NPZD)を用いて海域の物理・生化学環境を求め,②ネスティング技術によりROMSの結果を挟領域用の3次元非静水圧モデル(SUNTANS)に反映させて構造周辺の詳細な状況を求める.さらに③の現地モニタリングシステムで環境改変や魚礁効果を直接計測し,逐次評価を行う.

 

サンゴ生態系保全のための「浅場」と「深場」の連結性の解析

 サンゴ生態系が海洋環境にとって良いというのは広く一般に信じられている。サンゴは炭酸カルシウムの骨格を持っているため、CO2を固定するという点ではもちろん、ダイビングをすれば分かるように、小魚など小さな生き物のゆりかごとしても大切な場所だ。また、将来的に海洋酸性化が進むと、サンゴの骨格である炭酸カルシウムが溶け出してきてしまう。現在の海水のpHは約8.1で弱アルカリ性であるが、徐々にpHの低下が進んでおり、現在のペースで酸性化が進めば、約50年後にはサンゴの炭酸カルシウムが溶け始める可能性が指摘されている。こうした意味でもサンゴ生態系の保護は重要になる。 サンゴは褐虫藻とよばれる藻類と共生関係にあり、サンゴそのものは動物だが、褐虫藻が光合成して動物であるサンゴに酸素を供給している。サンゴが色鮮やかに見えるのは褐虫藻の色であり、褐虫藻が死んでしまうと炭酸カルシウムの骨格がむき出しになって白くなる。この現象をサンゴの「白化」という。白化の大きな原因とされているのが温暖化だ。サンゴが好む水温帯はその幅が非常に狭く、18-24℃程度とされている。それよりも低くても高くても棲むことができないのだ。エルニーニョやラニーニャに連動して、海水温の異常な高水温化が数年に1度起こるが、その影響が強く当該海域に現れ、長く継続することで閾値を超えるとサンゴの白化が起こる。直近では、1997-98年と2015-16年に世界規模の白化が起きている。
 世界的に突出したサンゴ生息域は、日本の沖縄とアメリカ東海岸、そしてオーストラリアにある。これらの海域は、水温帯から見るとかなり高緯度の地点まで伸びている。その理由は、海流だ。日本沿岸には黒潮が、アメリカ・フロリダ沿岸にはメキシコ湾流が北に流れ、高い水温が保持されている。オーストラリア東海岸にも、東オーストラリア海流が南極へ向かって流れ、グレートバリアリーフの名で知られる豊富なサンゴ礁が発達している。これら3つは世界でも珍しいサンゴ生態系と言われている。 内山教授の研究は、白化からサンゴ生態系を保全するための方策を、海流モデルを使って検証しようというものだ。近年、琉球大学の研究者らを中心に、海洋熱波による水温の上昇の影響を受けにくい水深30mから150mくらいの「深場」のサンゴ礁を、主要棲息場である「浅場」のサンゴの白化からの避難地として着目する研究がすすめられている。この領域はmesophotic zoneと呼ばれ、光が届きにくく夕暮れのような暗さのためトワイライトゾーンとも呼ばれるが、30mより深い水深帯はプロのダイバーしか潜らない領域で、そこにサンゴが棲んでいることは近年まであまり知られていなかった。深場のサンゴを保全すれば、そこで産卵することで卵が散乱し、浅場まで届くこともあると推定されるが、それを科学的に実証するためには、海流における深場と浅場の関係を明らかにすることが必要になる。そこで期待されるのが、内山教授が得意とする数値シミュレーション技術というわけだ。
 内山教授は沖縄・八重山諸島の石西礁湖を長年の研究フィールドとしており、ここが琉球諸島におけるサンゴの供給源になっていることを研究で突き止めている。浅場と深場の関係を見るために、沖縄本島周囲の浅場に、豊富なサンゴ生態系があるという仮想場をコンピューター上でつくり、何百万個という数の仮想的な卵を一気に流した時に、どれくらいの確率でどこまで到達するかを統計処理によって解析した。これは、5月から6月の大潮の夜に一斉に産するというミドリイシサンゴの生態を踏まえたものだ。深場についても同様に、水深30mのところに仮想的なサンゴ生態系をつくり、そこから卵を流した。約130か所の放流源から、島の反対まで周回し、それらの漂着域をconnectivity matrix という手法で解析した。卵が産まれた場所を順番に横軸に、それらが到達する海域を縦軸にプロットし、約3~4週間の卵の生存期間を踏まえて到達確率を把握しようというものだ。
 浅場と浅場の間の連結性(connectivity)を30日後で比較すると、浅場から深場、深場から浅場という異なる水深間の到達確率は、深場から深場の到達率と概ね同程度、浅場から浅場の到達率の4分の1程度であった。基本的にはサンゴは浅いところに多く棲息するので、浅場で産まれたものは浅場に到達しやすいが、深場から出たものが浅場に行く確率もその4分の1程度はあり、浅場から深場に行くものも同様であることから、mesophotic coralを守ることは、浅場を守ることに十分に寄与するということが言える。さらに、モデルの検証のためGPS漂流ブイを実際に流して撮影し続けた軌跡と対照すると、軌跡が集中している場所に、仮想モデルでの卵の存在確率が非常に高いという結果が得られた。中にはほとんど同じルート上に行くようなブイもあり、内山教授のモデル信頼性の高さが示されたことになる。

 





図2 (a)仮想サンゴ浮遊幼生放流後21日目のラグランジュ確率密度関数(統計的なサンゴ幼生の到達のしやすさ,カラー)と6台のドリフター(GPS表層漂流ブイ)の軌跡(黒曲線)..(b)石西礁湖を中心とした(a)の拡大図.赤い点は石垣島と西表島の間の石西礁湖から発生したドリフターの放流開始位置を示し,青い点は21日後のドリフターの位置を示している.青い数字はドリフターが放流されてからの経過時間(単位:日).(出典:Uchiyama, Y., Odani, S., Kashima, M., Kamidaira, Y. and Mitarai, S., 2018, J. Geophys. Res. Oceans)

 

ROMSをベースにした最適航路選定法の開発

 気候変動への対策として、温室効果ガス(GHG)の削減は世界的な課題であるが、船舶由来のGHG削減はあまり進んでいない。特に運輸部門からのGHG排出は全体の約17%で、そのうち船舶由来のものは3~4割と言われている。船舶由来のGHGは製造過程でも排出されるが、多くは運航中の燃料によるものだ。そこで内山教授は、ROMSをベースにして、移動時間や安全性だけでなく、燃費の面でも最適な航路選定を行うことができるルーティングシステムの開発に取り組んだ。船速に影響を与える因子のひとつに海流があり、船の絶対船速は、海流によって時空間的に変化する。エンジンの回転数を一定にすると、流れに乗れば早く到着するわけだが、別の考え方として、エンジンの回転数を変化させて船速を一定に保つ、つまり海流と同じ方向に進行しているときは、エンジンを止めることもあり得る。とりわけ商用船であれば、単純に早く着けばよいわけではなく、運航計画で港への到着日時が決まっているので、こうしたルーティングが役に立つのだ。
 気象や海象の予測にもとづき、風や波、流氷や氷山などの自然環境や障害物を回避しながら、ある評価基準に基づいて最適な航路を選定するための技術は、ウェザールーティング(以下、WR)と呼ばれている。原理はカーナビゲーションと同じだが、一次元で有限のノード・リンクから構成される道路と異なり、360度あらゆる方向に進むことのできる海洋の場合は、経路探索に膨大な計算量が必要になる。内山教授が開発したWRシステムは、グラフ理論に用いられるA*法というアルゴリズムをベースにして、外航船航路に対応するべく地球の球面効果を、さらに船舶の速度に影響を与える海流の効果を組み込んだルーティング計算モデルだ。
 内山教授は、コンピューター上で解析した海流の中に仮想的な船を浮かべ、出発地から目的地までの最適経路を選ぶにあたり、エンジン開度を一定とした最短時間経路、そして絶対船速を一定とした最小燃料消費経路という3通りの経路探索方法を構築した。このシステムを外航船航路に適用すると、最小燃費経路を選択した場合の燃費は、最短距離経路選択よりも約18%近く燃費が向上するという結果が得られた。
 さらに、海象・気象情報の更新に対応して、航行途中にも逐次最適航路を選定し直すリルーティング機能を追加することで、台風を回避しながら迂回距離を最小化することも可能な設計としている。また、出航前に収集した情報に依拠しながら、航行中の船舶上のデバイスを用いて海峡予報を逐次行いWRに反映させることを最終目標として、予報精度を著しく損なうことなく可能な限り軽量化したWR用のコンパクト海洋モデルを構築した。これにより、外洋における通信環境の脆弱性を克服できるだけでなく、半日周潮汐の影響が大きい内航船航路にも高精度で対応可能なWRシステムを実現している。

 





図3 移動する台風に伴う波浪の高さ(カラー)と、台風の進行に伴い逐次リルーティングした場合の東京−那覇間の最適航路予測値(黒線)の例.カラーは有義波高,等高線は海上風速,青点線は台風を考慮しない航路,黒線は1時間ごとのルート変更で順次更新された予測航路である.(出展:Kurosawa, Uchiyama and Kosako, 2020, Ocean Eng.)


 内山教授は、自ら開発に携わったROMSをベースにして、海岸工学から海岸科学へ、沿岸環境から深海環境へとその対象やスケールを縦横無尽に往来しながら、海に関わるさまざまな社会課題を科学的に解決するための最先端の研究を展開している。通底するのは、海の「流れ」への着目だ。内山教授の研究の射程はまだまだ広がるに違いない。そしてその先に、カーボンニュートラル社会への道筋が描かれることが期待される。

 


LINK

海岸海洋研究グループ(内山研究室)