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海事分野におけるカーボンニュートラルの推進

平田 燕奈  海事科学研究科 准教授  Enna HIRATA  Associate Professor

国際海運における喫緊の課題となっている温室効果ガス削減

 世界有数の海洋国である⽇本は、貿易の99.6%を海上輸送が占め、国内貨物輸送の約4割を海上輸送に依存している。船舶からのCO2排出量は、2018年には10億7,600万トンに達しており、世界が⾜並みを揃えて有効な政策を実施しなければ、国際海運による排出量は、2050年までに世界全体排出量の17%を占めると予測されている。つまり、海運分野における温暖化ガス(GHG)排出量の削減や排出量取引環境の整備は、カーボンニュートラル(CN)の達成に⼤きく影響を及ぼすのだ。海事分野で最⼤の国際機関である国際海事機関(IMO: International Maritime Organization)は、海運からの年間GHG排出量を、2050年までに2008年⽐で少なくとも半減させ、今世紀中のできるだけ早い時期に海運からの排出を完全になくす努⼒を⽬標に掲げている。
 ⽇本においては、2020年3⽉に海運・造船・舶⽤の各海事産業界や研究機関・公的機関等と連携し、国際海運のゼロエミッションに向けたロードマップが策定された。主に造船技術に関連する必要な国際ルール整備や技術開発・実証を推進し、さらに2028年までにGHGを排出しない究極のエコシップ「ゼロエミッション船」の商業運航を⽬指している。船上で排ガス中のCO2を回収して再利⽤する技術を応⽤や⽔素燃料船など、⽇本が得意とする技術が⽣かされる分野だ。

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船舶が排出するCO2は、世界のCO2排出量の3.1%(年間)に相当する
Source: https://www.weforum.org/agenda/2018/04/if-shipping-were-a-country-it-would-be-the-world-s-sixth-biggest-greenhouse-gas-emitter



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海事分野における日本を含む北アジアの重要性

 海事分野においては、⽇本・韓国・中国という北アジア3か国がきわめて重要な位置にある。造船分野では、⽇本は1990年代はじめまで世界最⼤のシェアを占めていたが、コスト⾼の影響で徐々に中国や韓国にシフトしている。現在はシェア約17%であるが、⽇本は⾼い脱炭素化技術を有していることもあり、今後また成⻑していく可能性が⾼いという。また、この3か国を合計した船舶量の世界におけるシェアは、2020年で92%、2021年では95%と圧倒的なシェアを占める。さらに、海運貨物については世界トップ10のうち8か国を北東アジアが占めており、とくに阪神・淡路⼤震災以前まで、⽇本の取扱量はトップ3〜5位に⼊っていた。その後徐々に取扱量を減らし、現在はトップ50前後に位置している(出所:https://thedocs.worldbank.org/en/doc/66e3aa5c3be4647addd01845ce353992-0190062022/original/Container-Port-Performance-Index-2021.pdf)。
 いずれにしても、世界で最も主要な海運・造船国である⽇・中・韓3か国における取組が、海事分野のCN化にとって⾮常に重要になるというわけだ。



「海事カーボンニュートラル研究会」の設立とその取組み

 2021年12⽉、平⽥准教授は、気候変動下で海運を維持しつつ、海運業界と政府がCNに向けて取るべき⼀連の具体的な⽅策を提案することを⽬的に、マルチ学域から国内複数⼤学や研究機関の研究者に呼びかけ、「海事カーボンニュートラル研究会」を設⽴した。海事関連のビッグデータを⽤いて、海事分野での技術⾰新や代替燃料、減速運航などの側⾯からアプローチし、海運におけるGHG排出量の算出・予測・削減・取引に関する研究を推進している。
 研究会の3つの柱は、①ビッグデータを⽤いた海事分野のGHG排出量予測、②代替燃料、③海事の電⼦化、だ。企業の取引データ等をもとにGHG排出量のデータベースを構築し、取引のプラットフォームをつくることを⼤きな⽬標に掲げている。とくに、世界最⼤の海運企業Maersk(デンマーク)における⻑年にわたるグローバルな実務経験と、データサイエンスに⻑けた専⾨性を有する平⽥准教授は、海事の電⼦化分野を担当し、⾃動化や電⼦化によってGHG排出量を削減するための施策の検討に取り組んでいる。
 海運が環境にもたらす最も⼤きな影響は⼤気汚染だ。世界中の国際貿易が増えている中で、貨物の9割は船舶からによるもの。船の燃料にはバンカーという重油を使うが、バンカーの硫⻩分は通常、⾃動⾞⽤の軽油の3500倍程度もあり、最も汚染度の⾼い燃料とされるため、代替燃料の特定や、供給・価格決定メカニズムに関する研究が重要な課題になっている。しかし、造船会社や海運企業は、CNを実現しなければならないという認識はあるものの、具体的に何をどうすればいいのかわからないというところが少なくない。そこで研究会では、そうした企業等への提案もしていきたいと考えている。



気候変動が海運にもたらす影響

 海運が環境に影響をもたらす⼀⽅で、気候変動が海運に影響をもたらしてもいる。平⽥准教授らは、気候変動による海⽔⾯上昇、天候不順が海上輸送ルートや航海、港湾に及ぼす影響についても研究をすすめている。注⽬されているひとつが、北極航路(North Sea Route)だ。これまでは実現されていないが、温暖化による海⽔⾯上昇によって、この航路の実現可能性が出てきている。現在はウクライナ情勢の影響で不確実な要素が増⼤しているが、いずれこの航路が実現できるはずだと平⽥准教授は話す。北極航路が実現すれば、バンカーの節約にもなりCNにも寄与する上に、コスト削減が⾒込まれるので経済的効果もあることから、興味を持っている会社は少なくないという。
 こうした可能性がある⼀⽅で、気候変動はリスクももたらす。天候の極端な変化が頻繁に起こり、予定のルートを航海できなくなって急遽ルート変更を余儀なくされ、貨物船の到着に遅れが⽣じることもある。ほかにも、⼤きな津波が発⽣した場合にはターミナル施設がダメージを受けることもあり、研究会メンバーがこうした港のインフラのレジリエンスやリスク管理に関する研究も⾏っている。



海洋政策科学部における「海の脱炭素化」コースの開講へ

 グローバル視点から交通・物流を理解し、国際交通分野における企業課題や社会課題を解決することを⽬的に、経済学や経営学の理論、機械学習の⼿法を⽤いて、データ解析やモデル構築に取り組む平⽥准教授は、海洋政策学部に新たな⾵を吹き込んでいる。平⽥准教授ら(他7名)の提案により、2024年度に向けて海洋政策科学部に「海の脱炭素化」コースを開講するべく取り組んでいる。このコースは、⽂系・理系の枠や専⾨領域を超えた協働により課題解決に取り組む専⾨領域横断型カリキュラムで、「海のBDL(Beyond Disciplinary Learning)」として4年次前期の必修科⽬となる。国際海運をとりまく喫緊の課題を背景に、気象予測に航海速度の最適化、船舶動⼒のゼロ・カーボン化や船舶排出CO2を回収する技術といった国際海洋政策に関する研究は進展してきているが、それらを駆使して国際海洋政策を⽴案できる⼈材はまだまだ不⾜しているのが実態だ。平⽥准教授らは、海のBDLでのグループワークを通じて、汎⽤的能⼒と国際海洋政策を担う⼈材の育成を⽬指している。海洋政策学部を擁する神⼾⼤学ならではの特⾊を⽣かし、グローバルな視点で活躍する次世代のリーダーの輩出が期待される。



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平⽥燕奈研究室HP

海事カーボンニュートラル研究会HP