PROJECTS

科学のフロンティアを扱う国際法 ―「地球を知る」ための極域研究

柴田 明穂  国際協力研究科 教授  Akiho SHIBATA  Professor

地球規模の問題に対処する国際法とSDGs

 国際法を専⾨とする柴⽥教授は、⽇本で発⾏する国際条約集にSDGsを初めて掲載するにあたり、その和訳を担当した研究者だ。SDGsはカーボンニュートラル(CN)を超えて広く地球全体、世界全体を共通の⽬標に向かって動かすプロジェクトであり、柴⽥教授が専⾨とする国際法はSDG16「平和と公正をすべての⼈に」に関連する。また、SDG1から15までの各ゴールに向けた取り組みは、何らかの形で制度化していかなければいけない。制度化にあたっては、当然国内の政策・⽴法にも反映させなければならないし、世界規模の問題でもあるため、国際レベルでの政策・国際法という形で推進していく場⾯がある。国際法は国際的なプロジェクトの推進にあたって全体を貫くガバナンスに貢献する分野だ。
 SDGsは、これまでの国連環境開発会議やミレニアム開発⽬標と違い、貧困撲滅が⼤きなテーマになっていると柴⽥教授は⾒ているという。SDGsの背景には気候変動への危機感があり、まさに地球規模の問題だ。また、柴⽥教授がライフワークとして研究に取り組む北極や南極に関わるものとして、SDG14の海の環境保全がある。とりわけ極域では海の⽣態系保全は⾮常に重要であり、かつ気候変動の影響が地球上では顕著に現れるという。極域での科学研究の推進や環境保全のための国際法は、SDGs全体に関わってくるのだ。

17_shibata


SDGs達成への課題

  1. グローバル化の負の遺産への対処
    1990年代からのグローバル化の負の遺産に世界がどう対処するのか、そのための⽬標がSDGsであると柴⽥教授は考えている。グローバル化に⽴ち戻り、何が悪かったのかという原因を考えないと、⽬の前の課題だけを⾒ていては本質的な問題に対処できない。その観点が最近の議論では抜けていると柴⽥教授は指摘する。
  2. ステークホルダーの巻き込み
    柴⽥教授は、SDGsの特徴として、これまでの同様な国連での対処と異なり、ステークホルダーを巻き込もうという点に新規性があるという。ボトムアップでパートナーシップを築き、企業や市⺠のレベルまで巻き込んで、グローバル化の負の遺産への対処のしかたを皆で考えようというのは⾼く評価でき、共感が得られている点だろう。
  3. ⽬標達成のためのモニタリング
    ⽬標は⽴てられたが、⽬標の達成状況に対する適切なモニタリングのプロセスがないことを柴⽥教授は問題視している。国連には持続可能な開発委員会があるが、ほとんど権限がなく、各国とりあえずやっておきなさいということにとどまっているため、おそらく2030年の⽬標達成は困難だろう。最も痛みを伴うグローバル化の問題という点を直視せずに、⽬の前にある課題で対処しようとしているために、⽬標達成のための世界規模でのモニタリングと、モニタリングの結果⽬標が達成されていないならばその是正を求める、というシステムが⽋如しているという点を、柴⽥教授は批判的に評価している。



国際レベルでのモニタリングの重要性

 パリ協定は気候変動枠組み条約にもとづいており、CO2をはじめとする温室効果ガスの排出に関する国際制度だが、基本はボトムアップ型である点はSDGsと同じだ。ただし、国際レベルでのモニタリングをしっかりやっている点が違う。このモニタリングを使って過去の達成度が芳しくない場合にはさらにそれを上げていくという制度を国際法の中に位置づけている。柴⽥教授は、そういうことをしていかないと⽬標だけを与えてもこの問題は解決されないと指摘する。海の酸性化やプラスチックごみ問題について⾔えば、SDG14で「海の豊かさを守ろう」という⽬標はあるが、達成させるために国際的にモニタリングしたり、モニタリングの結果達成状況が悪い場合にさらに強い措置をとらなければいけないといったような、国際的インセンティブを与える制度がないところが多い。SDG1で謳っている貧困の問題も同様であり、そうした点で、SDGsは国際的には弱い制度だと柴⽥教授は話す。



カーボンニュートラルの取組みに欠けるのは「適応」

 気候変動枠組み条約の観点からみると、CNの達成のためにはこの問題は2つの取組みを必ず同時にしなければならない。それが、ミティゲーション(緩和:温室効果ガス排出量の削減)とアダプテーション(適応:起きてしまった気候変動への対処)。この2つを両輪で動かしていかないと気候変動に対応できないが、CNは前者しか⾒ていない。当然ミティゲーションはできればいいが、すでに地球の気候を変動させるだけのカーボンが出ているので、適応の部分が重要であり、さらには適応にこそ、防災を含めた⽇本の技術を⽣かせるはずだと柴⽥教授は強調する。適応の⽅を外してCNを謳うのは、気候変動枠組み条約を⾒ている⽴場からすると、不備というのが第⼀印象だという。
 また、柴⽥教授はCNに取組む単位にも留意する必要があるという。バランスをとってゼロにするというのは⽬標として掲げるのはいいが、地球規模の問題である以上⽇本だけがやっても意味がない。⼤量の排出国である中国やアメリカ、排出量が増加しているブラジルやインドにも取り組んでもらわなければならない。外に向けた取り組みを推進するならば、神⼾⼤学のCNの考え⽅を、インドの⼤学に輸出することができるというくらい、⽬的を明確にし、世界的に意味があるものにしてもらいたいと柴⽥教授は話す。ヨーロッパの企業や⼤学など、世界の最先端の取組みを調査し、そこから学ぶという⽅法も有効だろう。



「地球を知る」ための極域研究

 柴⽥教授は、2016年11⽉から4か⽉間、第58次南極地域観測隊に同⾏した。南極に関する国際法研究はライフワークだと話す柴⽥教授だが、近年は北極も研究対象としている。1990年代以降気候変動の影響がとくに極域で顕著に表れていることが明らかになるにつれ、極域における科学観測活動の重要性が質的に変わったという。それまでは「南極を知る」とか「北極を知る」ための研究だったが、「地球を知る」ための極域科学になった。ちょうど気候変動問題がクローズアップされるようになったのと同時期だ。極域で観測することによって地球を知る、場合によってはその知⾒によって対策が考えられるのではないかということで、極域における科学観測活動の重要性が着⽬され、地球を知るための科学観測を国際協⼒の下でやっていかなければならないという側⾯がきわめて重視されるようになったのがここ10年ほどの動きだという。
 国際法の中で閉じこもっていては、南極の科学観測活動が⼀か国ではできないと⽿では聞いてもその切実さはわからない。柴⽥教授は、⾃然科学の研究者からも、現地に来てもらわなければ絶対にわからない、と何度も⾔われてきたという。法学というのは国際法も含めて基本的に問題を解決するための学問なので、問題がきちんとわかっていないと解決したつもりになっても実はできていないことになると柴⽥教授は強調する。極域での科学観測の重要性と、重要であるがさまざまな制約があるといったときに、⾃然科学者と現地で話をし、どういう制約であるのかを実体験できたことは⼤きかったという。



科学のフロンティアを扱う国際法

 1959年に採択された南極条約を模して1979年に⽉協定が採択されたが、当時は⽉で資源開発ができるとは考えられていなかったという。今⽇まさに資源開発ができるようになってきている中で、新しい宇宙開発の国際法が必要になっている。また、深海底も10年ほど前から開発が始まっており、少し前までは⾏けるはずがないと思われていたところに⾏けるようになり、そこに資源があるということが分かってきたときにどう対処すればいいか。ここでも、問題が分かっていないと法制度を作ってもだめだということになる。科学のフロンティアを扱う国際法においては、⾃然科学の研究者と話をして、何が問題で将来どういう可能性があるかということが分からないと、適切な制度はできないと柴⽥教授は話す。
 宇宙条約は⽶ソ(当時)も含む⼤国が締約国に⼊っているが、基本的な枠組みでしかない。⼀⽅、⽉協定は途上国主導でつくっており、天体の資源は⼈類の共同遺産だと記載している。つまり早い者勝ちはできないという規定であるわけだが、この点に反対しているのが、実際に⽉に⾏ける技術を持っている国々であり、そうした国は締約国に⼊っていない。そのため事実上早い者勝ちになってしまっている。開発が進んでしまうと新しい制度をつくるのは難しいので、本来は開発が進む前に適切な法制度をつくるのが⼀番望ましいと柴⽥教授は強調する。それができたのが南極で、⼈間が⾏き始めた最初の頃にできたので理想的な条約になっているという。資源開発が始まってしまえば、すでにある利害を踏まえた上で国際法を整備しなければならないのだ。柴⽥教授は、⽣物多様性条約にもとづく資源としての遺伝⼦に関する研究にも携わってきたが、最近では有体物としての遺伝資源ではなく、コンピュータ上でデータ化されたデジタルシークエンスインフォメーションとして利⽤価値が⾼まっていることから、利⽤による利益の還元をどこまで認めるのかについて、⽣物資源を提供している途上国と、知的所有物としての権利を主張するデータ開発側の先進国で意⾒が対⽴しているという。科学技術の最先端を扱う国際法は、技術の発展とともに新たに発⽣する法的課題に対応していく必要があるのだ。



高まる極域研究へのニーズ

 ⽇本では、特に北極への関与の強化を⽬的に、その学術的なバックアップという観点から2015年に北極域研究推進プロジェクト(ArCS)が開始された。第⼀フェイズの2020年度までは⾃然科学が主対象であったが、柴⽥教授の研究プロジェクトは第⼀フェイズから採択され、その実施機関として2015年10⽉に神⼾⼤学⼤学院国際協⼒研究科に極域協⼒研究センター(PCRC)が設⽴され、柴⽥教授はセンター⻑を務めている。ArCSは第⼆フェイズで社会科学がより重視されるようになり、PCRCは継続的に研究に取り組んでいる。
 とくに北極は南極に⽐べても国際的な問題が多いため、そうした問題の把握が極めて重要になる。北極海航路やLNGプラントの開発など、企業の関⼼が⾼まる⼀⽅で、国際法上守らなければならない基本的なルールを踏まえていなければ推進できない。とくに、先住⺠などを虐げているような場所で開発されているようなプラントに企業は投資できない。そうしたことを背景に、国際法と国際政治ということが⼤きく取り上げられるようになっているのだ。



ユースと先住民族から学ぶという姿勢

 CNやSDGsは、これから社会で⽣きていくユースの問題であり、ユース・エンゲイジメントが何より重要だと柴⽥教授は強調する。教育というと上からになるが、学⽣が諸外国に学び、提⾔するような活動を前⾯に出すべきであり、ユースを直接エンゲイジ/インボルブできるのが⼤学の強みだ。SDGsやESGに関⼼を持つ企業が増えているが、柴⽥教授は、学⽣の就職先の選び⽅が変わってきているように思うと話す。ユースが企業の何を⾒ているかというのは⾮常に⼤事な視点であり、学⽣の間近にいる⼤学は、彼・彼⼥らから学び、それを教育や研究に活かしていくべきだという。また、国際協⼒研究科は半分が留学⽣であり、英語コースがあるため東アジアだけでなく幅広い出⾝国のユースが集う場だ。⺟国の⼤企業や政府機関で働く卒業⽣も含めた留学⽣のネットワークを⽣かすという⽅法もあるのではないか。
 また、国際法の分野では、ユースに加えて、先住⺠族の声を聞くことが⾮常に重要だと柴⽥教授は強調する。先住⺠族の伝統的な知識にこそ記憶があり、それをもっと活⽤していかなければならない。最先端の科学だけでは⾒えないものがあり、これまで声のなかったものに⽿を傾けるという姿勢の必要性はユースの場合と同じだ。これまで政治学や国際法、⾃然科学の研究者が扱っていた南極を、今最も熱⼼に⾒ているのは⽂化⼈類学者だという。⼈のいない南極に⽂化⼈類学者が関⼼を持っているというのだ。伝統的な縦割りの分野に閉じこもるのではなく、新たな分野の⾯⽩さに気づき、⾃ら開拓する姿勢を海外研究者から学びながら、柴⽥教授はユースの活躍を期待し後押ししている。



17_shibata
17_shibata

2022年10⽉に開催された北極の国際会議での柴⽥教授と6名のGSICSの⼤学院⽣



LINK

柴⽥明穂 国際法研究室HP

GSICS 極域協⼒研究センターHP